2012-01-01から1年間の記事一覧

絓秀美『反原発の思想史』

絓秀美『反原発の思想史』 副題に「冷戦からフクシマに」とあるように、福島原発事故までの「反原発」(脱原発でない)の運動の思想を、歴史的に辿っている。絓氏は「1968年」を中核として現代思想を読み解こうとしている。この本でも反原発運動が毛沢東…

立木康介『精神分析の名著』

立木康介編著『精神分析の名著』 フロイトから土居健郎まで16人の精神医学者による21冊の著作を通して、精神分析がいかに誕生し、発展し、再構築されていったかを紹介している。このなかにはM・クラインやE・エリクソン、アンナ・フロイトさらにラカン…

丸谷才一『忠臣蔵とは何か』

丸谷才一『忠臣蔵とは何か』 作家・丸谷才一氏が10月13日に亡くなった。私は小説もさることながら、丸谷氏の日本文学史論の愛読者であった。『日本文学史早わかり』や『後鳥羽院』はおもしろかったが、やはり『忠臣蔵とは何か』が1980年代の精神状況…

緒方貞子『満州事変』

緒方貞子『満州事変』 満州事変の政策過程を丹念に辿った名著である。尖閣問題で反日デモが中国で行われたとき、ちょうど満州事変81年目の記念日(1931年9月19日勃発)と重なり中国ナショナリズムが高まった。緒方氏はアメリカ社会科学の実証的手法…

グールド『パンダの親指』

スティーヴン・J・グールド『パンダの親指』 グールドの科学エッセイを読んでいると、寺田寅彦のエッセイを連想させる。グールドは進化生物学、古生物学の専門を背景に、広い知識でユーモアをもって進化論のエッセイを書く。表題になっている「パンダの親指…

蜷川幸雄『演出術』

蜷川幸雄・長谷部浩『演出術』 演劇の舞台稽古は「人間の修羅の戦場」という演出家・蜷川幸雄氏と東京芸大教授長谷部浩氏のドラマチックなインダヴューである。二人登場人物の戯曲を読むようだ。蜷川氏が演出した代表的ドラマ(チェーホフ、シェイクスピア、…

杉晴夫『人類はなぜ短期間で進化できたのか』

杉晴夫『人類はなぜ短期間で進化できたのか』 この本は、生物としての人類進化と、人類が作り上げた文明社会の進化が、なぜ短期間に急速に進んだかを解明しようとした面白い本である。だが進化史についても、文明史においても議論が多いと思う。杉氏は進化で…

クンデラ『不滅』

「ミラン・クンデラを読む③」 『不滅』 クンデラの小説を読んでいると、重層的であり、様々な人物が「変奏」して、最後に重なり合っていく円環のような構造になっていて、この人がこの人だったのかと最終で分かった推理小説的面白さがある。すべてが繋がって…

真野俊樹『入門 医療政策』

真野俊樹『入門 医療政策』 厚生労働省は9月27日、2010年度の国民医療費が前年度より3・9%増えて37兆4202億円になったと発表した。国民一人当たり約30万円弱で、過去最高である。65歳以上が55%だ。医療費は毎年年間1兆円以上増加し…

クンデラ『出会い』

「ミラン・クンデラを読む②」 『出会い』 クンデラが出会った人、芸術作品(小説・絵画・音楽・映画など)を、80歳の時に書いて出版した評論集である。このなかにはクンデラの精神が縦横に述べられている。「反現代的モダニスト」でポストモダンにより忘却…

クンデラ『笑いと忘却の書』

「ミラン・クンデラを読む①」 『笑いと忘却の書』 20世紀チェコの小説家クンデラのこの小説には、哀感ある笑いがある。クンデラはこの小説のなかで、物事の秩序のなかに与えられていた場所を突然奪われると「笑い」を引き起こすという。そう思われていたこ…

渡邊泉『重金属のはなし』

渡邊泉『重金属のはなし』 21世紀に入って鉱山開発が盛んという。鉱山企業の資本支出は1年で1・4倍。資源ナショナリズムは強まっている。重金属の製品は生活に欠かせない。鉄や銅、亜鉛にアルミを始め、ハイテク製品のレアメタルは、発光ダイオードや太…

アンダーソン『想像の共同体』

アンダーソン『定本 想像の共同体』 日中の領土問題で愛国主義が燃え上がっているとき、アンダーソンのナショナリズムの古典を読む。1991年に増補版が出た時読んだが、ナショナリズムの文化的起源や国民意識の起源を、ヨーロッパだけでなく、南北アメリカや…

高階秀爾『20世紀美術』

高階秀爾『20世紀美術』 20世紀美術は、日常的感覚世界の写実を拒否し、非古典世界を創造するため、「単純化」と「純粋化」の道を辿ると高階氏は書き始めている。セザンヌが形態の純粋性を求め、ゴーガンが色彩の純粋性を求めたところから、新造形主義や…

宇佐美圭司『20世紀美術』

宇佐美圭司『20世紀美術』 20世紀美術には好き嫌いがはっきりしている。反古典主義、反ロマン主義、反写実主義と「反」が並び、キュービズムとか抽象表現主義、ダダイズム、シュールなど「主義」が羅列している。西欧近代美術の極限を見極めようと「実験…

コリアー『収奪の星』

ポール・コリアー『収奪の星』 「天然資源と貧困削減の経済学」という副題が付いている。コリアーの立場は中庸で説得力がある。将来世代への責任を常に考え、自然資源を活用しながら、先進国に過大な要求をせず、世界10億人の最底辺の貧困を撲滅し、同時に…

ヴェルヌ『悪魔の発明』

「ジュ−ル・ヴェルヌを読む③」 『悪魔の発明』 SFにはマッド・サイエンティストものがある。科学倫理や生命倫理が説かれる前の時代、科学者が研究のため人類を危機に陥れるような発明を行うという物語ものである。ヴェルヌのこの小説もそのジャンルに入る…

刈谷剛彦『学力と階層』

刈谷剛彦『学力と階層』自由社会が進めば進むほど「格差社会」が激しくなる。経済、社会、文化だけでなく、初期条件である子供の教育、学校構造から階層化は始まっており、それがさらに社会の階層化を進めることを、教育社会学者・刈谷氏は実証的調査データ…

ローティ『連帯と自由の哲学』

「自由論を読む⑥」 R・ローティ『連帯と自由の哲学』 アメリカ哲学・プラグマティズムの自由論である。ローティがこの本で主張しているのは「(1)真理の試金石は、自由な議論だけである。(2)自由な議論は合意へと収斂するだけでなく、その反対に、新たな…

三好達治『詩を読む人のために』茨木のり子『詩のこころを読む』

三好達治『詩を読む人のために』 茨木のり子『詩のこころを読む』 詩人による詩作品の読解である。三好の本は島崎藤村から泣菫、白秋から萩原朔太郎、中原中也、堀口大学など戦前近代詩を扱い、茨木は谷川俊太郎、黒田三郎、岸田衿子、川崎洋、吉野弘、石垣…

村岡晋一『ドイツ観念論』

村岡晋一『ドイツ観念論』 ポストモダンの時代に、リオタールは「大きな物語」の終焉を述べていた。その時大きな物語とは、ドイツ観念論やマルクス思想など近代思想が想定されていた。だが村岡氏の本を読むと、ドイツ観念論は「理性の体系」「自由の体系」を…

和田昌親『ブラジルの流儀』

和田昌親編著『ブラジルの流儀』 ブラジルの国民性を「社会・生活」「経済・産業」「文化・歴史」「サッカー・スポーツ」に分けて、67編のコラム形式で書かれていて面白い。「なぜみなアバウトで、フレンドリーで、楽天的なのか」では、時間でも3時とは3…

堀坂浩太郎『ブラジル』

堀坂浩太郎『ブラジル』 21世紀の主役ともいわれ、発展著しいBRICsの一国に数えられ、サッカーW杯ついでリオ五輪開催も決まっているブラジルを、1980年代の軍事政権終了から債務危機、90年代の民政移管へ、21世紀の民主主義政権下の「社会開発国…

金子啓明『仏像のかたちと心』

金子啓明『仏像のかたちと心』 白鳳から天平(7世紀から8世紀)の仏像を取り上げて、そのかたちと支える心・精神性を論じた本で、「国宝薬師寺展」や大盛況だった「国宝阿修羅展」を手がけた金子氏だけあって仏像論として面白い。白鳳時代の中宮寺・半跏思…

ヴェルヌ『動く人工島』

ジュール・ヴェルヌを読む② 『動く人工島』 福島原発事故のあと、この幻想冒険小説(1895年刊)を読むとヴェルヌの先見性がよく分かる。オーウェル『1984年』と同じようなディストピア小説である。巨大な人工島スタンダート島を作り1万人が生活する…

フロム『自由からの逃走』

「自由論を読む⑤」 エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』 社会学化したフロイド主義によって、近代人の「社会的性格」という視点から説いた自由論の名著だろう。近代の個人の外的権威からの解放と自由の多義的な確立が、競争社会の中で孤独と、個人の無意味…

椎名誠『十五少年漂流記への旅』

椎名誠『「十五少年漂流記」への旅』 椎名氏の読書法は、行動的読書法ともいうべきもので、本をテコとして好奇心を満たすためフィイクションであろうと、その現地舞台を訪れることである。ヘディン『さまよえる湖』を読めば楼蘭まで旅をする。江戸期大黒屋光…

ヴェルヌ『十五少年漂流記』

ジュール・ヴェルヌを読む① 『十五少年漂流記』 何回読んでも面白い。少年冒険小説の古典である。孤島への漂流とサヴァイバルの冒険は「ロビンソン・クルソー漂流記」が先駆けだが、大人で個人のクルソーと異なり、ヴェルヌには「子供の発見」があり、8歳か…

吉田秀和『二十世紀の音楽』

吉田秀和『二十世紀の音楽』 2012年5月亡くなった吉田氏は、『主題と変奏』の著作でバッハやシューマンなど古典音楽の複雑で精妙な批評家だったが、それを20世紀音楽という前衛音楽つなげて論じようとしたのがこの本である。1950年代ヨーロッパに…

デュビュイ『ドイツ哲学史』

モーリス・デュビュイ『ドイツ哲学史』 フランス哲学教授のドイツ哲学史だから、あまりにもフランス的明晰さでかかれていて、その汎神論的な「宗教的性格」が見事に分析されすぎているが、ナチドイツ時代に捕虜収容所にいただけあって、ドイツ哲学の問題性も…