椎名誠『十五少年漂流記への旅』

椎名誠『「十五少年漂流記」への旅』


 椎名氏の読書法は、行動的読書法ともいうべきもので、本をテコとして好奇心を満たすためフィイクションであろうと、その現地舞台を訪れることである。ヘディン『さまよえる湖』を読めば楼蘭まで旅をする。江戸期大黒屋光大夫の旅行記を読めばシベリアからモスクワまで旅行する。この本でもヴェルヌ『十五少年漂流記』を読めば、その舞台を求めて、マゼラン海峡ハノーバー島から、ニュージーランド沖合のチャタム島まで足を伸ばすのである。私はこうした好奇心に満ち現場を訪ねて読む読書法は素晴らしいと思う。
椎名氏は小学生の時から『十五少年漂流記』が愛読書だったという。もちろんこれは小説だが、モデルとなった孤島は存在する。いくつかあげられているモデルを訪ねて謎を解こうとする。先ずパタゴニアの沖マゼラン海峡ハノーバー島に旅をする。霧のなか母船からボートで上陸する。アザラシの吼える声が聞こえる。椎名氏らはこの無人島の沢を登り岩の連なる山から海を見下ろす。だが海峡のすぐ近くには隣の島が迫ってきて絶海の孤島というヴェルヌの描いたチェアマン島と違うと椎名氏は直感する。ゾウアザラシやペンギンなど小説に出てくる生物相は同じだが、形態や全体の気配や島の構造が違うと椎名氏は結論付ける。
最近田辺直人園田学園女子大教授がとなえたニュージランドのチャタム島へ、チリから飛行機で飛ぶ。ウェリントンからプロペラ機で飛ぶ。東京から小笠原諸島の距離である。佐渡島ほどの面積でいま700人が住む。明るい空、穏やかな島。ヴェルヌが小説中に描いた地図と同じ地形で島の真ん中に湖がある。空を飛行機で飛んでもらうとラグーンを囲む平坦な草地とごつごつした低い小山の続く山岳地帯が見える。だが小説に出てくるアザラシやペンギン、魚類はいない。椎名氏は、島そのものは圧倒的にチャタム島だ、小説のマゼラン海峡無人島も捨てがたいと述べている。
楽しさとはまだ見ぬ世界や知らない世界を知るという探検や冒険にあり、子供たちの「未知の世界」への探究精神と創造精神をヴェルヌはこの小説に描いたといえる。私はいまヴェルヌが書くとしたら「十五少女漂流記」をどう書くかを想像してみた。(新潮選書)