ヴェルヌ『悪魔の発明』

「ジュ−ル・ヴェルヌを読む③」
悪魔の発明



 SFにはマッド・サイエンティストものがある。科学倫理や生命倫理が説かれる前の時代、科学者が研究のため人類を危機に陥れるような発明を行うという物語ものである。ヴェルヌのこの小説もそのジャンルに入る。化学兵器や生物細菌兵器、核兵器など大量破壊兵器の発明は、国策科学と称しても、悪魔の発明である。ヴェルヌのこの小説は19世紀末のものだが、トマ・ロック博士というフランスの天才的発明家が、ロック式電光弾といういまでいう核ミサイルを発明したが、どこの国でも巨額の研究費と謝礼がかかると問題にされず疎外され、狂気に陥って行く、それに眼をつけたケル・カラージュという海賊(いまでいうとテロリスト)が、博士を誘拐・拉致し、バーミューダ諸島の孤島で監禁し発明を完成させる。
博士は潤沢な研究費と謝礼、それに自分の研究を無視してきた西欧諸国への復讐から、このテロリストと手を結ぶ。この小説が発表されてから半世紀たってナチドイツがVⅠ、VⅡ号ロケット弾を英国に打ち込んだことからわかるように、ミサイル攻撃時代をヴェルヌが予言していたといえる。さらに9・11ニューヨークテロから11年たって読んでみても、今後の核ミサイルテロへの警告としても読める。トロリスト、ケル・カラージュは産業文明社会への反逆者で、ヴェルヌの「海底二万里」のネモ船長よりもさらに退廃し残虐で理想をうしなった者である。晩年のヴェルヌのペシミズムが生んだ人類社会への敵だと思える。核開発やミサイル開発を国策と連携して携わった20世紀の科学者たちはトマ・ロック博士に造型されている。但し最後にロック博士が自国のフランス艦船の国旗(原題は「国旗に面して」である)を見て愛国心に目覚め基地を爆破して一味が破滅するのは、あまりにもご都合主義で頂けない。(創元推理文庫、鈴木豊訳)