立木康介『精神分析の名著』

立木康介編著『精神分析の名著』


 フロイトから土居健郎まで16人の精神医学者による21冊の著作を通して、精神分析がいかに誕生し、発展し、再構築されていったかを紹介している。このなかにはM・クラインやE・エリクソン、アンナ・フロイトさらにラカン、ビオンまで含まれている。フロイトが『夢解釈』を発刊してから100年たつが、フロイトを発展させるとともに、それえの反論、時代変容による新解釈までたどれて、便利な本である。現代社会では「ひきこもり」や「キャラ付け」や「新型うつ病」などの境界領域の症状が増えているから、ぜひ読みたい本である。
「週刊 医学界新聞」(2012年10月15日付け)では、「変容する社会とパーソナリティ障害のかたち」という対談を、精神医学者の牛島定信氏と斎藤環氏が行っている。「パーソナリティ障害」とは、うまく対人関係を築けない障害をもつ精神構造をもつことをいう。このなかで牛島氏がカーンバークとコフートの名前を挙げている。
そこでこの本を見ると、カーンバーク『境界諸状態と病的自己愛』が紹介されているし、コフートは「自己の修復」が取り上げられている。コフートを読むと、自己心理学を確立した著作だとあり、「自己」は赤ん坊と母親との共感性による相互応答から生まれるとしている。自己は共感的―応答的な人間環境から生じ、「自己」は「自己対象」と対になっている。
 コフートは「自己対象」は二つ必要で、一つは子供の健全な自己主張を認知し、鏡に映す鏡像自己対象で自己を中心とした「野心を内在化」させる。もう一つは偉大な万能的な存在への融合欲求を受け入れる理想化自己対象の存在である。野心と理想を活力として、創造的活動がいとなめるのが、健康性だとコフートはいう。精神分析の目標は、患者の自己が創造的活動できるまでに機能修復することだと、紹介されている。自信の重要性の指摘である。
ラカンに関しても『サントーム』という著作を重視し、大衆社会化により、神経症も精神病も大衆化してきている現状を、ラカンがいかに主体を妄想・幻想から覚醒させるかに取り組んだかを論じていて興味深い。誇大妄想は困るが、生きる自信と誇りをいかに形成するかが精神療法の核ではないのかとも思う。(中公新書