2016-01-01から1年間の記事一覧

ガワンデ『死すべき定め』

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』 私はいま終末期ガン患者で、医薬用麻薬で緩和ケアをおこなっている。だから米国の外科医ガワンデ氏の終末期ガン患者の最後を、いかに「豊かな死」を迎えるかを描く迫真迫る文章であっても、あまり読みたくなかった。読…

岩元厳『現代アメリカ文学講義』

岩元巌『現代アメリカ文学講義』 80歳を過ぎ、50年以上アメリカの文学を研究し、翻訳してきた岩元氏の本を読むと、本当に米文学が好きだと思う。 岩元氏は若きアメリカ留学時代にマラマッドやアップダイクにめぐり合い、ジョン・バースに行き着く。20…

高良勉編『山之口獏詩集』

高良勉編『山之口獏詩集』 山之口は沖縄の詩人だが、妻は茨城、娘は東京の「多国籍詩人」だ。復帰以前の詩「つかっている言葉 それは日本語で つかっている金 それはドルなのだ 日本みたいで そうでもないみたいな あめりかみたいで そうでもないみたいな つ…

松沢裕作『自由民権運動』

松沢裕作『自由民権運動』 自由民権運動は明治7年「民選議院設立建白書」を板垣退助ら8人が政府に提出して始まり、明治17年の秩父事件で終わる。 松沢氏の本が面白いのは、戦争後に民主主義運動が起こるというテーゼにある。自由民権運動を「戊辰戦後デ…

輪島祐介『創られた「日本の心」神話』

輪島祐介『創られた「日本の心」神話』 サントリー学芸賞を受けた若き音楽学者の戦後大衆音楽史である。戦前から戦後も含めての音楽史であり、ジャンルも演歌、歌謡曲、フォーク、Jポップ、ニューミュージックなど広い。さらにアメリカのジャズ、ロックなど…

「私見・選挙拒否論」

「私見・選挙拒否論」私は「選挙」が民主主義の核とは思えない。選挙は拒否すべきであり、職業政治家は限定すべきで、将来は全廃すべきと考える。 ① 選挙は自由でなく、特定政党や立候補したい人々しか選べない。私たち市民が選んだのでない人々が立候補して…

橋本卓典『捨てられる銀行』

橋本卓典『捨てられる銀行』 ジャーナリストによる地方銀行のドキュメントであり、金融行政の大きな変換もルポしている傑作だと思う。 2015年金融庁は森信親長官就任で大旋回した。私は、日銀・黒田総裁就任よりも、森長官の仕事こそ、人口減少時代に、…

堀有伸『日本的ナルシズム』

堀有伸『日本的ナルシズムの罪』 新書版だが、深い思索に満ちている。精神科医で、いま福島県南相馬市で精神医療に携わる。 精神医学からみて、西欧の「エディプス・コンプレクス」と「日本的ナルシズム」を比較すると、どちらも母子の一体感から生じる。エ…

レベル『ナチュール』

エマニュエル・レベル『ナチュール』 フランスの気鋭の音楽学者による「音楽と自然」の関わりを、ルネスサンス期から、現代音楽まで究明しようとした力作である。 体系的というのでなく、ルーブル美術館のように、ジャンル別に芸術作品を展示するような書き…

ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』

「ヴィクトル・ユゴーを読む④」 ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』)(上) 15世紀のパリの都市や民衆が生き生きと描かれている。民衆たちが集合した場面から始まり、道化的な法王選出と行列と発展にいたる。枢機卿などのお偉方はちょっとしか出てこない…

佐藤慎一編『近代中国の思索者たち』

佐藤慎一編『近代中国の思索者たち』 19世紀末清朝崩壊期から1949年中華人民共和国成立期にかけての、中国思想界は「百家争鳴」的であり面白い。この本は魏源から毛沢東までの20人の代表的知識人の思想を紹介している。 編者の佐藤氏は、毛沢東思想…

中野京子『印象派で近代を読む』

中野京子『印象派で「近代」を読む』 印象派の本は多い。中野氏の絵画の本はシロウトにも素直に読める。ドガ「エトワール」、ゴッホ「星月夜」などオールカラーのメイン絵画26作品も新書にしては、きれいすぎる。 中野氏の見方は「光を駆使した斬新な描法…

ユゴー『ライン河幻視紀行』

「ヴィクトル・ユゴーを読む③」 ユゴー『ライン河幻視紀行』 私はユゴーのこの本を読んでいるとき、ユゴー版の松尾芭蕉『奥の細道』だと思った。詩人ユゴーは芭蕉と違い、ほとんど詩は書いていない。そのかわりに、伝説や民話が多くある。 ライン河にこんな…

ユゴー『エルナニ』

「ヴィクトル・ユゴーを読む②」 ユゴー『エルナニ』 ロマン主義は、自由主義でもある。この劇を読むと、シラーの『群盗』を思い出す。エルナニは貴族の子弟だが、国王に父を殺され、山賊になり、反乱を行う。ユゴーのこの戯曲は、ラシーヌやコルネイユなどの…

ユゴー『死刑囚最後の日』

ユゴー『死刑囚最後の日』ユゴー『死刑囚最後の日』 ロマン主義は理想主義である。フランス19世紀の作家ユゴーが、28歳の時書いた死刑廃止の小説だ。判決を受けて断頭台に昇る若者の牢獄での苦悶が如実に描かれている。 私も末期ガンで死期がいつ来るか…

ファクラー『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』

ファクラー『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』ファクラー氏は、日本で20年近くジャーナリズムの仕事をし、ニューヨーク・タイムズの元東京支局長だった。安倍政権の記者会見が、いかに事前に質問事項を提出するかに驚く。オバマ大統領の会見、自由に質…

坂元ひろ子『中国近代の思想文化史』

坂元ひろ子『中国近代の思想文化史』 力作である。19世紀清朝末から。中華人民共和国の成立、文化大革命から天安門事件まで視野が届いている。登場する知識人は、康有為、孫文、梁啓超、毛沢東、胡適など30人以上におよぶ。 儒教的世界観や仏教、道教な…

『牧野富太郎』

『牧野富太郎―なぜ花は匂うか』私が「近代奇人伝」を書くとしたら、牧野と南方熊楠は欠かせないだろう。「牧野日本植物図鑑」には、自ら収集した植物約40万枚が収められている。水中の食虫植物・ムジナモの発見者である。この本にも「世界的稀品ムジナモを…

ウェルズ『解放された世界』

H・Gウェルズ『解放された世界』2016年5月27日のオバマ大統領の「核なき世界」演説を聴き、私はウェルズ『解放された世界』を思い出し再読した。ウェルズといえば、「宇宙戦争」「タイムマシン」「モロー博士の島」などSF作家として有名だが、1…

大場祐一『恐竜はホタルを見たか』

大場祐一『恐竜はホタルを見たか』 発光生物といえばホタルだろう。この表題を約1億年前の白亜紀に恐竜と原初哺乳類がホタルの光をみていたと、発光生物学の大場氏はいう。ホタルは原初哺乳類の好物だが、苦味の不味物質と毒物質をもち、光ることで警告して…

金子民雄『ルバイヤートの謎』

金子民雄『ルバイヤートの謎』 11世紀ペルシアのオマル・ハイヤームの四行詩集『ルバイヤート』は、快楽主語と無常・諦観が混合した傑作詩である。 「わが宗旨はうんと酒を飲んで愉しむこと、わが信条は正信と邪教の争いをはなれること。久遠の花嫁に欲し…

ダシーエル・ハメット『マルタの鷹』

ダシーエル・ハメット『マルタの鷹』 ハードボイルドと推理小説を結合させた傑作だといわれる。だが今回読んでみてそうは思わなかった。確かに私立探偵サム・スペイドは、常に冷静であり物事に距離をとり、必要とあれば暴力も辞さない。推理もパースがいうホ…

カストロ『食人の形而上学』

ヴィヴェイロス・デ・カストロ『食人の形而上学』 ポスト構造主義の人類学といわれる。ブラジル・リオの人類学者カストロ氏が、西欧近代の人類学の批判を、アマゾンの先住民族の世界観をもとに、突きつけた面白い本である。 食人というショッキングなテーマ…

中沢新一『熊楠の星の時間』

中沢新一『熊楠の星の時間』 『森のバロック』を書いた人類学者・中沢新一氏が2016年に南方熊楠賞を受賞した。それを記念して、熊楠を論じながら、西欧近代科学を乗り越える「野生の科学」という中沢氏の持論が展開されている。 熊楠は明治の生態学者、…

ヴォルテール『寛容論』

ヴォルテール『寛容論』 18世紀フランスの百科全書派ヴォルテール『寛容論』が、イスラム国のテロであるシャルリー・エブト事件の後、パリでベストセラーになった。日本でも作家・高橋源一郎氏の紹介で読まれている。リベラル派で、理性=徳として寛容を説…

ディドロ『ラモーの甥』

ディドロ『ラモーの甥』 18世紀フランスの百科全書派の主著。私(哲学者)とラモーの甥の対話で全編がなる。目くるめく様なラモーの甥のテクストの戯れの凄さと、権力的知識に対する諷刺・悪口文学として、当時のフランスの旧体制の状況を知らないと理解が…

小沼純一『音楽に自然を聴く』

小沼純一『音楽に自然を聴く』自然の音は音楽ではないのではないか。本屋大賞を受けた宮下奈都『羊と鋼の森』は、ピアノがフェルトや森の樹、鋼の線でできているという。底には自然の素材があるが、自然はない。 小沼氏は、自然は音楽と結びついているが、人…

前田裕之『銀行』

前田裕之『銀行』 「ドキュメント」と、「金融再編の20年史1995−2015」と副題がついている。現役の日経新聞編集委員が書いた力作である。 銀行とは何か、銀行は安全化という基本的な経済・財政論をみる経済学的視野と、金融バブル崩壊、金融再編の…

魚住孝至『宮本武蔵 五輪書』 

宮本武蔵『五輪書』 魚住孝志『宮本武蔵 五輪書』熊本藩剣術家の晩年の武道書である。遺著といっていい。戦国が終わり、島原の乱も鎮圧され、「平和時代」になり、兵法や武術も実利が薄くなったとき、武道となにかを、専門主義の「職人道」として洗練させよ…

若島正『乱視読者のSF講義』

若島正『乱視読者SF講義』 SFといえば、ポーランドの作家・スタニスワフ・レムがいる。「ソラリス」が作品として映画化もされ有名だ。レムに『完全なる真空』や『虚数』(いずれも国書刊行会)という作品があり「存在しない書物についての書評」なのであ…