杉晴夫『人類はなぜ短期間で進化できたのか』

杉晴夫『人類はなぜ短期間で進化できたのか』

 この本は、生物としての人類進化と、人類が作り上げた文明社会の進化が、なぜ短期間に急速に進んだかを解明しようとした面白い本である。だが進化史についても、文明史においても議論が多いと思う。杉氏は進化では、ダーウイン(ネオ・ダーウイン主義)の定説を批判し、ラマルク説をとっている。遺伝子に中立的に起こる突然変異と、自然淘汰の組み合わせで進化を説明するのでなく、人類の急速の進化を「生体に内在する力」に求め、この力を引き出すのは環境に適応する機能の機関の使用であり、「用不用説」から獲得した器官が獲得形質遺伝することによって進化が起こるとする。杉氏は生理学の専門で、この「生体に内在する力」を身体の内分泌系、感覚、運動、自律神経系から生殖腺の遺伝子、細胞質に伝達され、その獲得形質が新しく子孫に伝えられるというのである。この進化論は、私には、今西錦司自然淘汰を起す生存競争より「棲み分け」を重視し、獲得形質遺伝を認め「主体性の進化論」を唱えた理論を思い出させる。
霊長類から急速にホモサピエンスに進化していく原因を、杉氏は樹上生活から決別し、直立二足歩行により、大脳容量の増大を可能にし前肢が自由になり、手と脳の相互作用が道具と言語の発明を促したからと見ている。大自然の摂理を脱した「原人」が急速にホモサピエンスになり、文化遺伝で「文明」を作り出していく人類史を杉氏は描く。だがここにも議論になる見方がある。ギリシャの奇跡と、あまりにも「天才」の役割の重視は、西欧中心史観とともに、脳容積の増加の定向進化はいいとしても、あまりにも「唯脳論」すぎるとも思ってしまう。突然に優生学の話が出てくるのも、私には理解できなかった。ギリシャ文明を、人類史上ただ一度の知的活動の爆発というのも、果たしてそうなのだろうか。また日本での旧石器捏造事件など取り上げ、考古学は科学でないと言い切っていいのか疑問に思った。(平凡社新書