2012-01-01から1年間の記事一覧

サイード『音楽のエラボレーション』

E・W・サイード『音楽のエラボレーション』 サイードといえばパレスチナ出身の比較文化論者で『オリエンタリズム』の著書で有名である。サイードはピアノのレッスンを受けたほどの音楽通であり、この本も音楽論である。特に西欧文明が創り出したクラシック…

大島堅一『原発のコスト』

大島堅一『原発のコスト』 原発を経済的コストから分析し、さらに太陽光、風力などの再生エネルギーがコスト面でもいかに有利かを導き出している。経済的コストにおいても、原発がいかに高価につくかを、大島氏は指摘している。火力や水力に比べ原発の発電コ…

草間彌生『無限の網』

草間彌生『無限の網』 日本の戦後で岡本太郎と共に、最大の前衛芸術家草間彌生氏の自伝であり、読んでいて興奮する。芸術を求道としての信仰として芸の道を、世界という場で修行していくその勘案辛苦は、サクセス・ストリーとしても読める。かつて小澤征爾氏…

吉成真由美『知の逆転』

吉成真由美編『知の逆転』 学問の常識を逆転させた英米の知識人6人(ダイアモンド、チョムスキー、サックス、ミンスキー、レイトン、ワトソン)のインタビュー集である。ロングインタビューは難しい。とくに知識人にインタビューするには、事前に詳しく調査…

デュレンマット『失脚/ 巫女の死』

デュレンマット『失脚/巫女の死』スイスの劇作家・小説家デュレンマットがミステリーとして読まれているのに驚く。劇作家として、その戯曲が日本でも何本か上演されていたからだ。この本は「このミステリーがすごい」2013年版の海外部門第5位になってい…

カロッサ『ドクトル・ビュルゲルの運命』

カロッサ『ドクトル・ビュルゲルの運命』 詩人で医者であるカロッサが、医者の苦悩を描いた小説である。「そうだ、いまわたしの心に一とう近しのは、わたしには救えないことが分かっている望みの絶えた人たちだ」 「おんみら亡き人々よ。病熱の大波がまだお…

上野千鶴子『ケアの社会学』

上野千鶴子『ケアの社会学』 21世紀は少子・高齢化社会が進む。日本でも1997年に介護保険法が成立してから、福祉=社会保障は重要な課題になっている。上野氏は、「依存的な存在」である高齢者、女性、子供、障害者、病者などを横断した共助と連帯の「…

山川賢一『エ/エヴァ考』

山川賢一『エ/エヴァ考』 庵野秀明のアニメ作品「エヴァンゲリオン」を論じた本である。私がこの本を本屋で買って読もうと思ったのは、立ち読みしていて、謎解き本でなくアニメの劇的構造を批評的に読もうとしていた本だからである。それに、パラパラと捲っ…

カロッサ『幼年時代』

カロッサ『幼年時代』 カロッサは20世紀の二回の世界大戦を生き延び、ヒットラー時代を苦悩の中ですごしたが、トーマス・マンのように亡命しなかった。指揮者フェルトベングラーは、ドイツ古典音楽を祖国としたために亡命しなかった。カロッサはドイツで育…

斉藤環『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』

斉藤環『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』勤務医として「ひきこもり」の青年たちの治療に携わっている精神医学者のひきこもり論である。この本の特徴は、斎藤氏のひきこもりは治るという治療方法であるとともに、ラカン、クライン、コフート、ビオンの精神…

赤坂憲雄『3・11から考える「この国のかたち」』

赤坂憲雄『3・11から考える「この国のかたち」』 東北学を提唱してきた赤坂氏が、東日本大震災後の東北を歩き、現在の東北は50年後の日本だという視点で考えた東北論であり、示唆に満ちている。南相馬市小高を歩き、水田が泥の海になった原風景から入会…

牛島定信『パソナリティ障害とは何か』

牛島定信『パーソナリティ障害とは何か』若いときから対人関係が苦手だった私は、精神医学の本で、その類型論を読むと自分がそれに当てはまるのではないかと思ってしまう。おまけに最近では精神病と精神病質の間に一過性の「境界性」まで存在するというので…

『対訳 ディキンソン詩集』

『対訳 ディキンソン詩集』アメリカ19世紀ホイットマンと同時代の女性詩人であるが、なんと対照的なのだろう。ホイットマン「草の葉」では、自己肯定と拡大、行動的で「野生の叫び」のような詩を歌うが、ディキンソンは自己否定と縮小、ひきこもり的隠遁、…

『歴博・12年11月号沖縄特集』

『歴博・2012年11月号・特集沖縄』 国立歴史民俗博物館では、2013年3月に民俗展示室がリニューアルオープンされる。それにあわせて刊行された特集である。「沖縄イメージの形成」「沖縄戦跡と観光」「西表島の自然」の三つのテ^マが設定されてい…

ローレンツ『人イヌにあう』

コンラート・ローレンツ『人イヌにあう』ミステリーチヤンネルでオ−ストリアの警察犬レックス(LEX)を楽しみに見ている。あのシエパートの主人刑事への忠誠と犯罪者を追い詰めていく凄さが好きだ。ソフトバンクCM白戸家のイヌも思慮深げに見えて好きだ。他…

伊藤正直『金融危機は再びやってくる』

伊藤正直『金融危機は再びやってくる』 表題は刺激的だが、内容は国際金融危機の原因を、国際金融システム、経済政策思想、世界経済編成の三点から考えたグローバル化時代の経済学である。伊藤氏は1970年代以後何故金融危機が繰り返し発生するのかを三点…

道端齋『生元素とは何か』

道端齊『生元素とは何か』 生元素とは生命体を構成している30種類の元素を指す。137億年前ビッグバンで誕生した宇宙は、大量エネルギーを素粒子に転換し、陽子と電子が出会って最初の原子水素ができ、ヘリウム、リチウムが続く。その原子雲の核融合で、…

猪木武徳『経済学に何が出来るか』

猪木武徳『経済学に何が出来るか』 経済学は合理的で独立した個人を想定すし、この「経済的人間」に限定して理論がつくられる。猪木氏は、人間には経済的効用を最大化する合理的欲望だけでなく、不完全な知識と不合理な欲望と価値に突き動かされる「人間的自…

藤山直樹『落語の国の精神分析』

藤山直樹『落語の国の精神分析』 精神分析学者の落語論で面白い。幼稚園の時から落語家になりたくて、いまも素人落語家として落語を演じている精神分析家は、立川談志の没後1周忌に、談志の「死の影」のもとにこの本をまとめ、巻末にはその弟子立川談春との…

長田弘『アメリカの心の歌』

長田弘『アメリカの心の歌』 アメリカは歌の国であり、その変わらぬ主題は「私の生き方」としてのアメリカだという長田氏のカントリー・ソングを中心としたアメリカ論である。 長田氏はトム・T・ホールの歌について「大きな国としてのアメリカでなく、小さな…

蒲田東二『古事記ワンダーランド』

鎌田東二『古事記ワンダーランド』 「古事記」が編纂されてから1300年である。鎌田氏は宗教哲学者だが神道ソングライターでもあり、この古事記論も民俗芸能史的視点(折口信夫的といつていい)が強くでている。それに、津田左右吉から始まり、上山春平、…

莫言『赤い高梁』

莫言『赤い高梁』 莫言の小説は、古代からの野生の生命力に溢れた人物が主人公になる。背景には古代からの村落共同体と家族の系譜がある。野生の生命力は残虐な生死を伴う。その野生の行動力は、非現実的な中国小説の伝奇=武侠小説のような闘争をおこす。そ…

川嶋みどり『看護の力』

川嶋みどり『看護の力』 高齢者になると病院のお世話になることが多い。入退院を繰り返す。医師の治療は勿論だが、看護師の看護には頭が下がる。末期がんになると医師は治療が難しいが、看護師の看護は死ぬまで続く。 「看護とは、人間を人間らしく生かし、…

暮沢剛巳『自伝でわかる現代アート』

暮沢剛巳『自伝でわかる現代アート』 芸術家の自伝によりながら、現代アートを語った異色な本である。自伝という自己言及の孤独な作業は、自己への偽りもふくまれているから、なお面白いともいえる。またとりあげられた8人が建築家フランク・ロイド・ライト…

吉村典久『会社を支配するのは誰か』

吉村典久『会社を支配するのは誰か』 株式市場を至上として株主支配を貫徹し、社外取締役を経営に参画させ、経営意志と事業執行を分離した「執行委員制」を導入し、事業部制や役員高額報酬公開などを重視するアメリカ流企業統治が、「グローバル・スタンダー…

吉田たかよし『元素周期表で世界はすべて読み解ける』

吉田たかよし『元素周期表で世界はすべて読み解ける』 福島原発事故以後、放射線障害の元素としてセシウムやストロンチウムやヨウ素などが問題になった。『元素図鑑』(PHP研究所や講談社刊)などを読んで見た。元素に興味が出て、アイザック・アシモフ『…

莫言『犬について、三篇』

莫言『犬について、三篇』 小品だが、莫言氏の真骨頂が出ていて面白い。夏目漱石にやはり小品「文鳥」というのがあるが、漱石はやはり猫で村上春樹氏は羊で、莫言氏は犬である。『白檀の刑』では「猫腔」という猫鳴きをリズムにする地方演劇がメインだが、同…

チョムスキー『アメリカを占拠せよ!』

チョムスキー『アメリカを占拠せよ!』 2011年9月ニョーヨークで自発的に起こった「占拠せよ・オキュパイ運動」は富裕層(金融資本など0・1%)と貧困層を含む一般市民層(99%)との階級格差から生まれた抵抗運動である。オキュパイ運動は、60年…

莫言『白檀の刑』

莫言『白檀の刑』 2012年ノーベル文学賞を受賞した中国文学の莫言の小説である。20世紀清朝帝国末期、西大后や袁世凱の時代、山東省高蜜県でのドイツ帝国主義下鉄道建設に反対し、建設現場を襲う農民たちの反乱と処刑の歴史物語である。反西欧帝国主義…

伊東豊雄『あの日からの建築』

伊東豊雄『あの日からの建築』 「あの日」とは、東日本大震災のことである。伊東氏は大震災以前に仙台市に「せんだいメディアテーク」という文化複合施設を設計していたが、地震で7階天井仕上げ材の一部落下があった。震災で衝撃を受けた伊東氏が、建築家に…