クンデラ『出会い』

ミラン・クンデラを読む②」
『出会い』

 クンデラが出会った人、芸術作品(小説・絵画・音楽・映画など)を、80歳の時に書いて出版した評論集である。このなかにはクンデラの精神が縦横に述べられている。「反現代的モダニスト」でポストモダンにより忘却された芸術への擁護者、信念に対する懐疑主義、真面目精神に対する「笑い」「ユーモア」の精神、小説という自由で重層的で、実存の未知の側面を新しい形式で描くジャンルの重要性指摘、東欧文学とクレオールのラテン文学(カリブ海諸島)の親近性への言及、反ロマン主義で反順応主義者としてのクンデラの精神が生き生きと、この評論集には躍動している。
画家フランシス・ベーコンについて劇作家ベケットとの類似性を語り、周囲の市場に売り出されるモードの現代性に対峙するモダニズムだとの指摘から、ベーコンの人体の絵には自我という隠されたダイヤが潜み「意味のない偶発的事」を示す「顔」に示されていると、その絵を語る。ガルシア・マルケス百年の孤独』から、近代小説の主人公は子供がや子孫がいず、個人が唯一の主語だったが、マルケスのこの小説は一族という諸個人の行列になり、家族、子孫、部族、国民に個人がとけてしまい、それは「西欧小説の時代への決別」ととらえる。メキシコの作家カルロ・フェンテス、マルチニックの作家を、「本当でない驚異的にもの」を描くとして、1930年代の東欧の作家カフカムージル、ゴンブロビッチとの親近性を指摘するのも面白かった。クンデラがガルガンチュアをかいたラブレーを再評価しているのも、小説の原点を見つめているからだ。
同国人の作曲家ヤナーチェク論は面白い。もっともノスタルジックなオペラとして「利口な女狐の物語」を取り上げ、ワグナーの華美と感傷主義に対峙するという。散文のテクストに基づくオペラを作曲した最初の音楽家としてヤナーチェクを、音楽美を散文、日常的な話し言葉で旋律化したといい、ゆっくりと老いていく人間の時間と慌しく生命が先に進む動物の時間の平行関係を構造化しているオペラだという。醜い騒音的音を美しい弦楽の音と重層化させる音楽は、クンデラの小説手法に似通う。(河出書房新社、西永良成訳)