2010-01-01から1年間の記事一覧

池澤夏樹個人編集『世界文学全集短編コレクション』

池澤夏樹個人編集「世界文学全集短編コレクションⅠ」 良い短編とは、凝縮力があり、ミクロ世界がマクロ世界を含みこんでいる。多様な人生社会が映し出され、多元的社会が象徴され、圧縮された文体がストーリーを生き生きと発展させる。このコレクションⅠには…

カーソン『失われた森』

レイチェル・カーソン『失われた森』 カーソンといえば、1962年に『沈黙の春』で、農薬が自然破壊をいかに起こしているかを書き、いまや環境保護の先駆者となっている。この本は遺稿集と銘打っているだけあり、1937年の処女作「海のなか」から196…

八代嘉美『IPS細胞』

八代嘉美『iPS細胞』 生命科学の発展は早い。人間におけるゲノム(遺伝子)配列の総ての解読が2003年に終了したかと思ったら、クローン技術はますます発展しているし、遺伝子改変技術も日常化してきている。2007年にはヒトの皮膚から万能細胞が作ら…

池谷祐二『進化しすぎた脳』

池谷祐二『進化しすぎた脳』 大脳生理学の最前線を中高生に語ったものだが、分かり易い上に、池谷氏の事例や喩えが適切であり、其れでいて深い人間論になっている。身体と精神、記憶と学習、自由意志、言語と意識、心と脳、コンピュータと人工知能などかって…

コルタサル『悪魔の涎・追い求める男』

コルタサル『悪魔の涎・追い求める男』アルゼンチンの作家コルタサルの短編集である。コルタサルの短編は現実と幻想が連動していて、日常現実が超現実に反転する。不思議な奇妙な味がする。「続いている公園」では、三角関係で無慈悲な殺人計画を、肘掛け椅…

小林正弥『サンデルの政治哲学』

小林正弥『サンデルの政治哲学』アメリカの政治哲学者サンデルは2010年日本でも旋風を引き起こした。NHK「白熱教室」の放映も影響を与えた。小林氏は長年サンデルとも親交があり、アメリカの政治思想という広い視野でサンデル思想を取り上げていて読…

藻谷浩介『デフレの正体』

藻谷浩介『デフレの正体』19世紀の英国の経済学者マルサスは『人口論』で、「人口は防げられないなら幾何級数的に増加し、食糧は算術級数的にしか増加しない」と言い、人口が社会の将来の改善に有する関係を分析した。藻谷氏はこの本で経済を動かしている…

吉川忠夫『王義之』

吉川忠夫『王羲之』 中国4世紀東晋時代「蘭亭序」で書聖と言われた王羲之について書かれた本で、六朝時代の歴史や王が影響をうけた道教の精神世界が描かれている。書芸術のみならず、東晋時代の貴族の生活や精神状況がわかり、魯迅の「魏晋の気風および文章…

ドラッガー『ドラッガーの講義』

ドラッガー『ドラッガーの講義』経営学者ドラッガーの晩年1992年―2002年の講義を編纂した本である。ドラッガーはポスト資本主義社会を知識社会、知識労働社会ととらえている。知識労働社会はこれまでの組織の内部重視の経営管理では、成り立たなく成…

内田樹『街場のメディア論』

内田樹『街場のメディア論』 メディア論と思って読んだら、市場原理批判であり、長期的なコミュニケーション論でもあった。マスメディア(新聞、テレビ)から、電子書籍、著作権問題、出版不況、教育、読書論まで含みこんでいる。市場化できないものとして、…

スキダルスキー『なにがケインズを復活させたのか』

ロバート・スキデルスキー『なにがケインズを復活させたのか』 金融危機からポスト市場原理主義の経済学が注目され、ケインズの復活が起こった。クルークマンがその代表だが、スキデルスキーもその一人である。「ケインズ伝」の著者だけあって、その分析は鋭…

根井雅弘『近代経済学の誕生』

根井雅弘『近代経済学の誕生』 経済学とは何か。私は哲学思想と同じ構築された思想作品だと思う。数学を使い統計を使う技術に見えるが、基本は社会思想である。たとえばこの本の主人公の一人マーシャルは、時間の影響を精密に追及するとか、関連ある諸量と特…

栗山民也『演出家の仕事』

栗山民也『演出家の仕事』 2007年まで新国立劇場演劇部門芸術監督を務めた演出家がその仕事を書いた本で、いま日本の演劇が抱えている問題を浮かび上がらせている。 2003年にベルリンの高等演劇学校を訪れ、新国立劇場のパンフレットを見せると、感…

野崎歓『フランス小説の扉』

野崎歓『フランス小説の扉』フランス文学者がフランス小説を読む楽しみを綴ったものだが、フランス文学論にも成っている。第一部は「恋する19世紀小説」となっていて、スタンダール「パルムの僧院」バルザック「谷間の百合」モーパッサン「ベラミ」ネルヴ…

ウエルベック『素粒子』

ミシェル・ウエルベック『素粒子』フランスの現代小説だ。面白い。現代西欧社会が自由、解放の考えで個人の欲望を煽り立て、そこに欲望の格差が生じる。セックスという快楽主義の欲望をもとにエロスの格差が空虚さを生み出し、生殖と性的快楽が分かれ、家族…

瀧井一博『伊藤博文』

瀧井一博『伊藤博文』 明治の政治家・伊藤博文を「知の政治家」として見直そうという意欲的な本である。長州藩の「志士」として明治維新以後、明治憲法を作成し明治国家を設計し、朝鮮統監となり暗殺された伊藤は政治家として韓国併合などを行い、評価は批判…

ジョン・レノン『回想するジョン・レノン』

ジョン・レノン『回想するジョン・レノン』 12月8日はビートルズのジョン・レノンが射殺されてから30年目の命日である。60年代の若者に与えたレノンの音楽や生き方は生き続けている。この本は71年に「ローリング・ストーン」誌に掲載された長期イン…

ブレイン『コペンハーゲン』

マイケル・フレイン『コペンハーゲン』20世紀物理学革命で量子力学の「不確定性原理」をとなえたドイツのハイゼンベルクが、1941年ナチス占領下のコペンハーゲンに師だった物理学者ボーア夫妻を訪ねた場面を二幕のドラマにしたフレインの緊迫したドラ…

国立歴史民俗博物館編『武士とは何か』

国立歴史民俗博物館編『武士とはなにか』国立歴史民俗博物館で2010年12月に企画展示「武士とはなにか」が開かれ、大部なカタログが発刊された。これには、重要文化財「前九年合戦絵詞」「織田信長像」国宝「上杉家文書」や「川中島合戦図屏風」、「本…

パシカル『ロシア・ルネサンス』

ピェール・パスカル『ロシア・ルネサンス』 20世紀ロシア精神史である。スターリン主義以前のロシアには19世紀末から20世紀前半にかけてルネスサンスにあたる文化の多様な勃興があり、それが逆にスターリン全体主義の過酷な弾圧を引き起こしたともいえ…

山折哲雄『教行信証を読む』

山折哲雄『「教行信証」を読む』親鸞の本を幾冊か読んだ時、ドストエフスキーの「罪と罰」や「カラマーゾフの兄弟」を思い浮かべていた。承元の法難で死罪を逃れ流罪になったことが親鸞思想に大きな影響を与えたのは、ドストエスキーが皇帝反逆で死刑からシ…

五木寛之『親鸞』

五木寛之『親鸞』 宗教者のなかで親鸞ほど小説化された人はいないだろう。吉川英治、丹羽文雄、津本陽など。また数多くの親鸞伝や親鸞論も出ている。五木氏の親鸞は「青春の門」の作者らしく、親鸞の少年期から35歳に越後に流罪になるまでを扱う青春小説で…

亀山郁夫『磔のロシア』

亀山郁夫『磔のロシア』「スターリンと芸術家たち」という副題が付いているように、20世紀ソ連独裁者とその粛清のなかで、権力の庇護と賞賛と、「二枚舌」などの抵抗の葛藤によって、自己表現を試みた芸術家6人を扱かつている。全体主義権力とは何か、芸…

持田季末子『絵画の思考』

持田季未子『絵画の思考』持田氏は「抽象具象を問わず絵画固有の意味とは、線、色、面、形態などでできた『形の意味』」と考え、最初からヴィジュアルな表現の実践であり、繊細で直覚的な思考という。この手法でモンドリアンからマーク・ロスコの現代抽象画…

マルケス『誘拐の知らせ』

G・ガルシア=マルケス『誘拐の知らせ』 最初から最後までスリルとサスペンスに満ち、一挙に読んでしまった。ノンフィクションだが、トルーマン・カポーティ『冷血』に匹敵する傑作だ。現代コロンビアにおける麻薬戦争を背景に、麻薬組織ボスが政府に仕掛け…

間宮陽介『ケインズとハイエク』

間宮陽介『ケインズとハイエク』 自由を巡ってのケインズとハイエクの考え方を比較して論じた本だが、金融危機以後の現代にも当てはまる。自由市場か政府介入の管理経済か、私的利益か公的利益かという考え方は、20世紀前半のこの二人の大衆社会での自由の…

黙阿弥歌舞伎を読む

黙阿弥歌舞伎を読む(その1) 『鼠小僧』 黙阿弥の歌舞伎は、幕末の転形期の時代に江戸の終焉感覚と、価値観の相対化を核とした遊び人の美学がある。演劇的には、不条理の運命悲劇にあたるだろう。因果の小車に翻弄されるが、自分の好みによって生きていこ…

劉暁波『現代中国知識人批判』

劉暁波『現代中国知識人批判』 2010年ノーベル平和賞受賞の中国の文学者・劉暁波のこの本を読んで、私は明治の思想家・福沢諭吉の哲学を思い出した。事物の「惑溺」から、主体的独立、権力の偏重から多元的自由を求め、儒教思想批判と「脱亞入欧」を説い…

バルガス=リョサ『若い小説家に宛てた手紙』

バルガス=リョサ『若い小説家に宛てた手紙』 リョサの小説論である。フローベル論である「果てしなき饗宴」とともに、リョサの小説を理解するための本でもある。リョサは、文学とは自分の生きている現実にたいし反抗心と批判精神を持ち、自分の想像力と願望…

柴田南雄『日本の音を聴く』

柴田南雄『日本の音を聴く』 柴田氏といえば、「西洋音楽史 印象派以後」や「グスタフ・マーラー」などクラシック音楽批評でしられるが、同時に日本民俗芸能・社寺芸能の綿密な調査から作曲された合唱作品でも知られる。この本はその基盤となる日本の伝統的…