渡邊泉『重金属のはなし』

渡邊泉『重金属のはなし』


 21世紀に入って鉱山開発が盛んという。鉱山企業の資本支出は1年で1・4倍。資源ナショナリズムは強まっている。重金属の製品は生活に欠かせない。鉄や銅、亜鉛にアルミを始め、ハイテク製品のレアメタルは、発光ダイオード太陽電池、自動車や携帯電話の部品としていまや花形資源である。渡邊氏は人類と重金属のかかわりを、地球史から書き始め、人間の身体の中に必須元素として重金属がどうして含まれているのかまでわかりやすく説明してくれる。宇宙を構成する元素約90種の70%が重金属である。その関連で金属毒性がいかに公害・環境汚染を起したかを、水俣病イタイイタイ病足尾鉱毒事件、六価クロム事件などで取り上げていて、ここは読み応えがある。
 まず水銀。古くて新しい地球規模の汚染を渡邊氏は人類史の初期から便利な金属として使われてきた歴史を述べ、産業社会での有機水銀の利用が、いかに水俣病を生み出したかを克明に描く。水銀は2013年から国際的規制から始まる。北太平洋の海水の水銀濃度が上昇し、マグロやサメ、クジラなど海生哺乳類に食物連鎖で高濃度に蓄積される。ついでカドミウム。この重金属も人類史で古くから利用されたが、工業社会になって、メッキ、ハンダ、油絵の具黄色、電池などに使われ、生物への毒性も拡大してきた。腎臓に高濃度で蓄積する。日本発のイタイイタイ病神岡鉱山から河川に流れ土壌汚染し、コメに蓄積しやすいため生じたという。鉛は世界でもっとも深刻な汚染物質になっている。ローマ時代に調味料に鉛が使われ鉛中毒で多くの死者を出した。鉛は江戸時代おしろいに使われ、現代ではアンチノック剤として自動車のガソリンに添加された有機鉛が地球規模の汚染を引き起こした。足尾鉱毒事件にはその後の環境汚染の「原型」が出揃っていたことが渡邊氏の本をよむとよく分かる。
 レアメタル尖閣諸島問題で大産出国・中国の輸出規制や、2007年の南アフリカの「プラチナ危機」などで、資源ナショナリズムやメジャー鉱山資本の再編が起こり、乱開発ブームで海洋開発まで伸び、その複合汚染もいま問題になっている。渡邊氏は、EUから始まった予防原則にのっとった重金属規制を高く評価している。化学と資本主義工業社会を結びつけ論じた労作である。(中公新書