クンデラ『不滅』

ミラン・クンデラを読む③」
『不滅』

 クンデラの小説を読んでいると、重層的であり、様々な人物が「変奏」して、最後に重なり合っていく円環のような構造になっていて、この人がこの人だったのかと最終で分かった推理小説的面白さがある。すべてが繋がってくるようで、非連続の連続感が読後に残る。この小説はどうにでも読める。一つの家族、夫婦の崩壊の物語とも読めるし、愛と性が隔離したセックスの物語とも読めるし、現代ヨーロッパ文明の崩落の文明批判とも読めるし、ゲーテを象徴とする魂の不滅の在り方としても読める。クンデラの小説は重層的読みが必要なのである。クンデラは、女性を描くのがうまい。この小説でもアニェスとローラ姉妹は生き生きと描かれている。
現代人の存在の小ささや軽さが、現代の「新しさ」を性急に追及するせわしなさと共に。「西欧近代」へのノスタルジーとともに浮かび上がってくる。「西欧近代」が創造してきたモダニズムへの郷愁がクンデラの小説には感じられ、それが、砂漠のような「現代社会批判」になっている。だがクンデラポストモダンの小説家ではない。「再帰的モダン」だといつてもいいと私は思う。チエコという中央ヨーロッパ共産党政権から市民権を剥奪されフランスに帰化したクンデラが見た現代社会は、さらに「モダン」から遠ざかりつつある砂漠化した人間関係の時代であつたという逆説が、クンデラの小説にはある。カフカムジールが20世紀初頭に中央ヨーロッパで描いていた人間疎外の小説の伝統を、クンデラの小説は受け継ついでいるように、私には思える。(集英社、菅野照正訳)