瀧井一博『伊藤博文』

瀧井一博『伊藤博文
明治の政治家・伊藤博文を「知の政治家」として見直そうという意欲的な本である。長州藩の「志士」として明治維新以後、明治憲法を作成し明治国家を設計し、朝鮮統監となり暗殺された伊藤は政治家として韓国併合などを行い、評価は批判的である。だが瀧井氏は、西欧文明をもとに、立憲主義の政治思想をアジアに根付かせようとした「制度の政治家」であり、政党・政友会を結成し「国民参加の政治」を目指した福沢諭吉に匹敵する主知主義の思想家と考える。
幕末、英国に密航してから、ドイツでシュタインに学び憲法をつくり、国民が身分制のしがらみから脱却し教育を受け、自由に職業を選び、才能を発揮する国家制度を作ろうとした啓蒙政治家だったと瀧井氏は見る。制度の設計者として、憲法帝国大学帝国議会、政友会、責任内閣、帝室制度調査局、韓国統監府を作り出す。伊藤の思想は漸進主義的であり、知の性格付けは経験主義的「実学」重視であった。教条的民権思想、国学儒学思想を嫌った。瀧井氏の本を読んでいると伊藤が福沢のような啓蒙思想家に見えてくる。作家・司馬遼太郎は、伊藤について思想なき政治家と言っていたから、真っ向から見方が違う。
問題は韓国併合だが、西欧的文明革命の輸出であり、日本と同じ立憲国家の設計を韓国でも行おうとしたと瀧井氏はみているが、韓国のナショナリズムの認識不足が最大の伊藤の欠陥だったとも見る。伊藤が山県有朋と妥協しながら、軍隊の統帥権の「文官統制」に持ち込もうとして韓国統監になり、実績を挙げていたことは、この本で私は始めて知った。また天皇の国家機関説的改革を帝室制度調査局で行っていたことも面白かった。もし伊藤が長生きしていたら、軍部支配はどうなったかを考えさせる伊藤博文の再評価につながる本だと思う。(中公新書