マルケス『誘拐の知らせ』

G・ガルシア=マルケス『誘拐の知らせ』
最初から最後までスリルとサスペンスに満ち、一挙に読んでしまった。ノンフィクションだが、トルーマン・カポーティ『冷血』に匹敵する傑作だ。現代コロンビアにおける麻薬戦争を背景に、麻薬組織ボスが政府に仕掛けたジャーナリストなど10人の誘拐事件を、マルケスの見事な筆致で小説のように描いていく。冒頭の元大統領の娘で、国会議員を夫に持つマルーハと女秘書の車を麻薬組織が襲撃し、運転手を射殺し拉致する場面はスピーディな映画的手法で描かれ、引き込まれる。それが160日にわたる監禁の始まりとなる。
この誘拐で2人が殺される。女4人の監禁生活がその番人との関係を含め、命の危険の中でいかに乗り越えていくかが真に迫っていて、読ませる。残された家族たちが、麻薬組織や、政府・大統領を相手にいかに救出に努力するかが描かれ、現代コロンビアの政治・社会状況が浮き彫りにされる。マルーハの夫ビヤミサルの冷静な救出活動もすごいが、マルケスらしく誘拐女性たちの生命力に満ちたサヴァイバルの忍耐も凄い。
1990年代のコカインブームと密輸組織メデジングループと政府の死闘は多くの死傷者をだす都市ゲリラ運動だった。仕事もなく疎外され絶望した青少年たちが、密輸組織にはいるか、反政府ゲリラになるかして、体制に反抗した。このノンフィクションでマルケスは、密輸組織のゲリラにも客観的視点を崩さないが、そのボス、エスコバルの描写は族長としての威厳を持たせている。いきづまる警察・公安部隊の対峙の中、ボスの投降と人質の解放で終わる。だが21世紀に入ってもコロンビアは左翼反政府組織や麻薬組織のテロは終わっていない。現代における都市ゲリラとテロさらに犯罪について考えさせる。(ちくま文庫・旦敬介訳)