八代嘉美『IPS細胞』

八代嘉美『iPS細胞』
生命科学の発展は早い。人間におけるゲノム(遺伝子)配列の総ての解読が2003年に終了したかと思ったら、クローン技術はますます発展しているし、遺伝子改変技術も日常化してきている。2007年にはヒトの皮膚から万能細胞が作られ、2010年にはiPS細胞(人工多能性幹細胞)により人工臓器(小腸)が作られたと報じられ、iPS細胞研究所が日本で発足した。この本で八代氏は、この細胞の研究とその仕組みをやさしく解説していて、わかりやすい。ゲノム解読で細胞を形作る設計図が存在し、再生臓器を人工万能細胞で作り出せる「構成的世界」が人間にも生じてきている。人間が神の領域に入ろうとしている今、倫理的問題も重大な局面になっている。
人間には60兆個の細胞があるが、そのビックバンは受精卵から発生する。受精卵の胎児以前の胚性幹細胞(ES細胞)を取り出し培養器で育て、神経、皮膚、骨、肝臓などの臓器に分化させれば、人工で臓器を作り出せる。その遺伝子的仕組みや分化のシステムをネズミで明らかにしてきた。だが胎児になる前のヒトの胚を使うことに対し、倫理的反対が強かった。そこで、胚を使わず皮膚などの体性幹細胞から人工万能細胞を作り出そうとし、京都大学山中伸弥教授が4つの遺伝子(山中ファクター)を発見しiPS細胞を作ることに成功した。このあたりは難しいが八代氏の記述はよくわかる。これが再生医療の元年になると期待されている。
八代氏の本では、あくまでも生命科学の発展に絞っているが、人間そのものが構成的時代に入ってきた今、政治、経済、社会思想、倫理、宗教などの考え方が重要になるのは、脳死問題、遺伝子操作、の比ではないだろう。「人間という環境世界」をどう考えるかが21世紀思想の大問題になる。(平凡社新書