ウエルベック『素粒子』

ミシェル・ウエルベック素粒子

フランスの現代小説だ。面白い。現代西欧社会が自由、解放の考えで個人の欲望を煽り立て、そこに欲望の格差が生じる。セックスという快楽主義の欲望をもとにエロスの格差が空虚さを生み出し、生殖と性的快楽が分かれ、家族制度も空洞化していく。この主人公たちは、5月革命後の自由解放の高度資本主義社会で中産階層にうまれ、離婚などで親にみすてられた異兄弟である。兄は文学青年崩れで国語教師、弟はノーベル賞クラスの分子生物学者。40代の生き方が書かれているが、少年期からの生育史も描かれている。自由至上主義の社会がいかに荒廃していくか、ウエルベックは「人生は苦痛に満ちたもので、我々の期待を裏切る」という。兄はセックスの弱者になるコンプレックスから、性的快楽の追求者になる。こんなにオナニーとフェラチオが数多く描写された小説を読んだことはない。とうとう精神病棟に入る。
弟は西欧が作り出した合理的実証性にひたり、量子力学分子生物学で天才を発揮し、「変化は精神的でなく、遺伝子的なものだろう」と遺伝子操作で新人類のクローンを作り出す切っ掛けの論文を書き自殺する。2029年に新人類が誕生し、「彼らには乗り越えることのできなかったエゴイズムや残酷さや怒りの支配をわれわれが脱する事ができたのはたしかである」という言葉でこの小説は終わる。
西欧が宗教を捨て、自由、欲望解放、個人主義、合理実証性、進歩で高度資本主義社会を作り上げた結果が、いかなる状況を作り出したかがウエルベックの視点にある。「西欧の没落」が「人間の終焉」にむすび付いているが、ニューエイジ的精神変革よりも、西欧合理主義の成果である科学により、人間変革を行おうとする唯物的思想が皮肉性を強めている。(筑摩書房野崎歓訳)