コルタサル『悪魔の涎・追い求める男』

コルタサル『悪魔の涎・追い求める男』

アルゼンチンの作家コルタサルの短編集である。コルタサルの短編は現実と幻想が連動していて、日常現実が超現実に反転する。不思議な奇妙な味がする。「続いている公園」では、三角関係で無慈悲な殺人計画を、肘掛け椅子で夢中に読んでいる男の背中に、小説の中の男が殺すため忍び寄って来る。「占拠された部屋」では近親相姦を匂わせる兄妹が、広い屋敷を物音で次第に占拠され、路上に追い出される。「悪魔の涎」では、セーヌ河畔で写したアベックの写真を現像引き伸ばして壁に貼ると、其処から幻想の物語が始まる。「夜、あおむけにされて」では、オートバイ事故で横転し病院のベツトにあおむけに寝る男が、アステカ帝国の生け贄にされ、心臓をナイフで抉られるという幻想に落ち込む。アラン・ポーとシュールレアリズムの結合がある。
 面白かったのは、「南部高速道路」である。パリ郊外の高速道路が事故で渋滞し数日にわたり車に閉じ込められた人々が、お互いに助け合いや、対話でコミュニtィを作り出すが
渋滞が解消されると、孤立したドライバーに戻り、ばらばらにスピードを上げて去っていく。サンデルのコミユナリズムの政治哲学を読んだ後だったので、共同体の幻想の呆気なさが印象に残った。「追い求める男」は、麻薬に溺れる天才サックス吹きが、超越的至高体験を追い求め死んでいく、コルタサルの頂上体験と芸術・宗教の関わりがうかがえる短編だ。
岩波文庫木村栄一訳)