小林正弥『サンデルの政治哲学』

小林正弥『サンデルの政治哲学』

アメリカの政治哲学者サンデルは2010年日本でも旋風を引き起こした。NHK「白熱教室」の放映も影響を与えた。小林氏は長年サンデルとも親交があり、アメリカの政治思想という広い視野でサンデル思想を取り上げていて読み応えがある。アメリカ思想界では、リベラリズム、リバータリズムとコミユニタリズムの考え方が思想論争になってきた。それが自由市場主義対福祉主義、共和党民主党の政権・政策にまで影響している。日本でも浅薄だが、自民・小泉政権の民営化・規制緩和と民主・鳩山・管政権の友愛革命・地域主権最小不幸社会に影響を与えている。サンデルはコミュニタリズム思想の旗手である。
 サンデルの思想とは何か。ロールズ(『正義論』の著者)の道徳的個人主体の「負荷なき自己」のカント的自由の権利に対して、コミュニティに属する「負荷ありし自己」が「公共的自己」として、「善ある正義」をコミュニティにおいて自己統治で実現していく思想である。日本の学界でもこのところ「公共哲学」が盛んになって来ている。小林氏は日本では国家や官僚制に対し「民の公共」が重要視されているが、サンデルには、善や公共的美徳を重視し、家族・地域コミュニティ・国家まで含めてコミュニティの活性化を主張している点に特色があると言う。
 市場主義や大衆社会化、行き過ぎた自由主義がコミュニティを崩壊させ、モラル・ハザードを起こしている日本社会で、「新しい公共」の構成、「善ある正義」、主権分散的で多元的な共和主義的公共哲学を説くサンデルの思想が受容されたのは当然かもしれない。小林氏がサンデルの「遺伝子工学による人間改造論」に反対した思想を紹介しているのが、とても参考になった。(平凡社新書)