池谷祐二『進化しすぎた脳』

池谷祐二『進化しすぎた脳』

 大脳生理学の最前線を中高生に語ったものだが、分かり易い上に、池谷氏の事例や喩えが適切であり、其れでいて深い人間論になっている。身体と精神、記憶と学習、自由意志、言語と意識、心と脳、コンピュータと人工知能などかって哲学の問題まで大脳生理学が入り込んできている。
脳の機能が場所により局在化しているから始まり、体が脳をコントロールしており、心は脳が生み出したものだから、体と心は密接に関係している。アンドロイド人間は体の重要性を忘れていると池谷氏は言う。また言葉は声を自由に操れる咽頭を持ったから脳が再編成され言葉が自由にしゃべれる。「見る」とは二次元の網膜に映ったものを、脳は強引に三次元に解釈するため歪められているが、意識ではコントロールできない。池谷氏は「悲しいから涙が出るのでなく涙が出るから悲しい」は半分正しいともいう。
 脳は外から刺激がなくとも1000億個のニユーロンが常時活動している。脳とコンピュータの違いは選択行動にあいまい性(ファージイー)をふくんだ「自発的活動」にあり、脳には自己書き換えを常に行っている。だから脳には再現性がない。また予期とか推測とかの「予備知識」が脳にはあり、不確実性に対処できる。脳は事象を一般化する抽象思考を持っており、それが柔軟な対応を可能にする。神経細胞や神経線維のシナプスによるネットワークの生理学的解明が、仮説段階とはいえ、ここまで明らかにしていることに驚いた。アルツハイマー病の解明と治療薬の開発も、大脳生理学の発展でかなりのところまできていることも池谷氏の本で知った。人間とは何かを考えさせられる本である。(講談社ブルーバックス)