池澤夏樹個人編集『世界文学全集短編コレクション』

池澤夏樹個人編集「世界文学全集短編コレクションⅠ」
良い短編とは、凝縮力があり、ミクロ世界がマクロ世界を含みこんでいる。多様な人生社会が映し出され、多元的社会が象徴され、圧縮された文体がストーリーを生き生きと発展させる。このコレクションⅠには南北アメリカ、アジア・アフリカの短編20編が収められている。池澤氏の個人的好みもあるだろうが、20世紀を代表する作家が選ばれており読み応えがある。
アジア・アフリカの短編はその国々の置かれた社会文化状況が色濃く反映されている。カナファーニーパレスチナ)「ラムレの証言」は、イスラエル兵によって妻娘を殺されたパレスチナ人が自爆テロを行う凝縮された一日を描く。サンマーン(レバノン)「猫の首を刎ねる」では、パリに暮らすアラブ人が伯母の幽霊によって西欧とイスラム文化の狭間で苦しむ。アチェベ(ナイジエリア)「呪い卵」は、キリスト教西欧とアフリカの部族の分化衝突を描き、アフリカ口承文化世界が奥に秘められている。中国の張愛玲「色、戒」、高行健「母」は、戦前上海の漢奸の世界、後者では文化大革命が背景にある。
南北アメリカの短編には、個人の生きる深層と他者とのつながりが主題になっている。カーヴァー「ささやかだけど、役に立つこと」は、交通事故で息子を死なした夫婦と挫折したパン屋との気持ちのつながりを、焼きたてのパンを一緒に食べることにより苦悩の乗り越えを暗示する。トニー・モリソン「レシタティフー叙唱」は黒人・白人の女性の長い関係を描くことにより、人種の深層を明らかにしょうとしている。アトウッド(カナダ)「ダンシング・ガールズ」もアメリカに留学した女子学生を通じて、異文化の他者が排除されない関係を描こうとしている。
日本文学が内閉的であり自己循環している今、ミクロ世界を描きながらマクロ世界をも包み込む世界文学の世界を読むことは魅力がある。(河出書房新社・「世界文学全集」)