カーソン『失われた森』

レイチェル・カーソン『失われた森』

 カーソンといえば、1962年に『沈黙の春』で、農薬が自然破壊をいかに起こしているかを書き、いまや環境保護の先駆者となっている。この本は遺稿集と銘打っているだけあり、1937年の処女作「海のなか」から1964年乳がんで死ぬ直前の手紙まで集められていて、詩人的な生物学者カーソンの一生が収められた文章でよくわかる。
 カーソンは自然の神秘の観察者であると共に、生命への畏敬を持つている。海への親愛が海洋生物学者として、海の科学的賛歌になり、『潮風の下で』や『われらをめぐる海』の著作を生み出しだ。私はこの本のなかで「海辺」(1953年)という小品が好きだ。このあたりから、生命に単独で生きるものはないという生態学的な環境保護の思想が出てきている。この本で『沈黙の春』出版後に農薬散布禁止に対する、農薬化学会社のカーソンに対する攻撃は激しさを増す。これに対しカーソンの反論が1962年「全米女性記者クラブでの講演」や「『沈黙の春』のための新しい章」(1963年)で、独善的化学業界やそこから研究費を貰っている大学・研究機関を冷静に批判している。「どれほど高度な文明を誇ろうと、生物に対して冷酷な振る舞いをすれば、必ずや自らを損ない、文明国と呼ばれる権利を失う」という信念が表現されている。「環境の汚染」では、遺伝子にたいする放射能汚染を1963年に警告している。
死の直前の手紙では、世代交代をしながら数千キロを旅する蝶オオカバマダラに喩え「歳月が自然の経過をたどったとき、生命の終わりを迎えるのはごくあたりまえで、けっして悲しいことではありません。きらきら輝きながら飛んでいった小さな命がそう教えてくれました」と書く。カーソンが56歳で死んだ年アメリ連邦議会は「殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法」を可決したが、DDTの禁止は7年後の1971年だった。私はカーソンを読んでいて、石牟礼道子の『苦界浄土』を思い出していた。(リンダ・リア編、古草秀子訳・集英社文庫