野崎歓『フランス小説の扉』

野崎歓『フランス小説の扉』

フランス文学者がフランス小説を読む楽しみを綴ったものだが、フランス文学論にも成っている。第一部は「恋する19世紀小説」となっていて、スタンダールパルムの僧院バルザック谷間の百合モーパッサン「ベラミ」ネルヴァル「東方紀行」を取り上げている。ハッとする解釈があり楽しい。「パルムの僧院」では、スタンダール的恋愛は孤独でしか成立しないといい、美少年ファブリスが、幽閉され孤独を発見し、クレリアとの恋愛に生きる。決して群れない「個」が、孤独の内に認め合う恋愛の快楽を書いたと野崎氏は指摘する。「谷間の百合」では、ガリ勉世代の青年が貴族夫人と出会い、宗教としての恋愛を育むが、悪女夫人に誘惑され、最愛の人を死に追い込む。大人に成り切れないダメ男と女性の真剣な生き方が対比される。「ベラミ」は女を利用してジャーナリズム世界で立身出世していく「もてる男」だが、ベラミがモロッコの部隊で植民地略奪をしており、植民地征服と女性の征服が隠喩的に書かれているという指摘には、感心した。
第二部「20世紀への架橋」第三部「フランス小説は、いま」は、現代フランス小説紹介である。ネルヴァルからプルーストを「夢うつつの詩学」として分析している。フランス文学の流れが分かる。ただ現代小説は、私がほとんど読んでいないせいか、難しかった。ただしウエルベック素粒子」の翻訳者だけあって、この小説論は冴えている。「スタンダールバルザックこのかた、男女の恋愛を主軸に据えて書き継がれてきたフランス小説は、ここでひとつの究極的結論に達したといえる。男の退場、その帰結として男女の劇の終焉。ニルヴァーナ的未来の開幕」と野崎氏は書いている。示唆的である。(白水社uブックス)