道端齋『生元素とは何か』

道端齊『生元素とは何か』

 生元素とは生命体を構成している30種類の元素を指す。137億年前ビッグバンで誕生した宇宙は、大量エネルギーを素粒子に転換し、陽子と電子が出会って最初の原子水素ができ、ヘリウム、リチウムが続く。その原子雲の核融合で、より重い炭素、酸素、ケイ素、鉄が生産され、「化学進化」でいま元素周期表にのる元素が生成されていく。原始海洋に溶けていた周期表の上位の多量生元素から、生物の身体をつくるタンパク質、脂質、炭水化物、骨格をつくられてくる。
道端氏の本の特徴は、生元素による生命体の生成を元素という共通言語で説き起こして行くが、特に生命を作る微量生元素の一群の「遷移元素」とよばれる金属元素を重視し、酵素の触媒作用を元素から明らかにしょうとしている点である。例えばタンパク質と結びついて呼吸や代謝、遺伝などに機能する「金属タンパク質」の生化学的な説明は面白い。ホヤという生物にレアメタル元素のバナジウムが海洋の1000万倍も濃縮されている不思議の例の説明は興味深い。
 道端氏によれば、生命とは「一部開いた膜系」のなかでエネルギーを用いて無秩序な原子、元素、分子を高度で秩序ある状態へ「自己組織化」している物質であり、死ねば無秩序な物質に帰るという。地球が誕生したあと10億年をかけて、原始海洋に溶けている元素の中から、炭化水素にリン酸やグリセロールを結合させた脂質二重膜で「一部開いた膜系(細胞膜)」をつくり、そのなかに炭素、酸素、水素と窒素からなるアミノ酸と、これにリン酸と糖と塩基を加えた核酸を取り込み遺伝子の設計図でタンパク質を合成・代謝を行うことを、元素の生化学によって道端氏は解明していく。
 難しい部分もあるが、金属酵素(鉄、銅、亜鉛など)を獲得した生物は触媒活動が活発になり、それにより生化学反応も活発になり、進化していったことが、道端氏の本でよく分かる。酵素に関係する金属を多い順に並べるとマグネシウム亜鉛、鉄、マンガン、カルシウムなどである。
ヒトなどのゲノム解析が一段落し、次にくるのがタンパク質の解析である。タンパク質の発現パターンを知ためにも、生元素についてのこの本は有益である。(NHK出版)