川嶋みどり『看護の力』

川嶋みどり『看護の力』

 高齢者になると病院のお世話になることが多い。入退院を繰り返す。医師の治療は勿論だが、看護師の看護には頭が下がる。末期がんになると医師は治療が難しいが、看護師の看護は死ぬまで続く。
 「看護とは、人間を人間らしく生かし、また人間らしい死を可能とする人間の仕事である。」(増田れい子『看護』岩波新書)川嶋氏は、現役看護師を60年経験し、看護大学で看護学を教えた人である、ケアとは何かを、その経験を踏まえこの本では書いている。プロの看護師だけでなく、自宅で高齢者や病人のケアや介護をする場合には、ぜひ読んでおきたい本である。
 川嶋氏は、いま医用電子工学機器で医療現場が変化し、医師も看護師も患者のからだにほとんど触れず、計器デーダ収集に依存し過ぎているという。東日本大震災で自動血圧計がなく脈拍が測れなかつたり、小型蘇生器がなく人工呼吸ができない看護師もいたという。
 川嶋氏は看護の究極のケアは「手から始まる」と主張している。看護師の指先が脈を数え症状を知ることから始まり、「触れ、支え、さする、撫でる、つかむ、動かす、叩く」など多彩な手の働きが看護の原点になる。高度医療・看護の機械化だけでなく、患者との相互交流やコミュニケーションも手という身体ツールで行う。川嶋氏は人間誰もが持つ自然に治ろうとする力を引き出すことが、看護の原点と考えている。柳宗悦に日本の民芸に関して「手仕事」の本があるが、看護師の仕事は手仕事の職人としての芸術的(技術だけでない)看護芸が重要だと川嶋氏の本を読んで思った。
 医師不足の緩和策として、チーム医療の推進という掛け声で、看護師の医療行為における補助者の役割拡大が意図されようとしている。川嶋氏は看護師の医者の治療(キュア)とは違う、予防や苦痛緩和、患者への人間的コミュニケーションなどケアのライブを担う。
 この本を読んで人間らしい生命維持に関わる日常的ケアの基本が、①息をする②食べる③トイレにいく④動き・止まる⑤からだを清潔にするなどごくありふれた日常の習慣にあり、それがいかに重要で大変なのかを私は学んだ。美味しく楽しい食事や、代用入浴、「下の世話」から、自然治癒力を高めるため、姿勢、浴と温熱、看護音楽療法認知症緩和ケアなどの看護の大切さも知った。病気や高齢、障害があっても、最期まで積極的に生命を肯定していけるかがケア(芸)の根本なのだ。看護師はライブに生命を燃やす芸人でもある。(岩波新書