吉成真由美『知の逆転』

吉成真由美編『知の逆転』


学問の常識を逆転させた英米の知識人6人(ダイアモンド、チョムスキー、サックス、ミンスキー、レイトン、ワトソン)のインタビュー集である。ロングインタビューは難しい。とくに知識人にインタビューするには、事前に詳しく調査し、著書を多く読み理解した上で、現代的問題で聞きたいことを明確にして、臨まなければならない。ライブだから、その瞬間のやり取りで、柔軟に質問を操る必要が出てくる。吉成氏のインダビューは見事にこの課題をクリアーしていて、読み応えがあった。
DNA二重らせん構造の発見でノーベル賞を受けたワトソンは83歳だが、「活きているうちに逝く」をモットーとしていて、尊厳死は必要であるという趣旨を述べている。いまエキサイトしていることは、ガンを治すことで、患者を苦しめない化学療法での治癒の前夜にきているとも語る。生物学の将来の研究で重要なのは、「脳」と「老化」と「メタボリズム」だというのも興味深い。知の平均化、知の集団化よりも、個人の創造的知を重視している。人間はロジックよりも感情に支配され、情熱が研究の基だというのも面白いかった。
脳神経学者で映画にもなった「レナードの朝」の著者サックスは、脳の適応能力の高さを指摘し、「柔らかい脳」論者である。音楽は言語より先に脳に入り、言語よりも長く脳に残るといい、音楽に合わせてダンスできるのは人間だけともいう。数学と似て音楽も脳で特定領域化されているという「複数知能説」に近い。インターネットが脳に与える影響を論じ、いずれ「書く」ことや「言語」そのものが失われる点を心配している。人工知能の父ともいわれたミンスキーは、スリーマイル原子力発電事故の時リモコン操作で修復するロボットを送り込む研究を提案したが、福島事故の時でも出来ていなかった人工知能研究の「失われた30年」について語り、ロボット工学がチェスで人間に勝ったりするエンターテイメント化に偏して、子どもでもできるドアを開けるや、枕を枕カバーにいれる日常行動さえ出来ない問題点を指摘している。ミンスキーもワトソンと同様に集合知能よりも個人知能を重視している。またサックスやワトソンと似て人間を「感情機械」と見なして、感情とは思考の単純形だというのも興味深い。
アカマイ社を作ったMIT応用数学教授レイトンのサイバー論、チョムスキー米帝国主義批判、ダイアモンドの文明崩壊論など読み応えがあった。(NHK出版新書)