長田弘『アメリカの心の歌』

長田弘アメリカの心の歌』

      アメリカは歌の国であり、その変わらぬ主題は「私の生き方」としてのアメリカだという長田氏のカントリー・ソングを中心としたアメリカ論である。
      長田氏はトム・T・ホールの歌について「大きな国としてのアメリカでなく、小さな町としてのアメリカ。事件でなく日常、迂遠なものでなく、卑近なもの。大仰でなく、単純なもの。異常なものでなく、ありふれたもの。不誠実な正しさでなく、誠実な失敗。冷笑でなく、微笑」と書く。     
      歌は人々の生きられた記憶が、そこにある場所だという長田氏は、フォスターや「アメリカ・ザ・ビューティフル」や「アメイジング・グレイス」を水源とするボブ・ディラントム・ウェイツ、ジム・クロウチ、キャロル・キング、ウィリー・ネルソン、ジェフ・ウオーカーなど33人の歌手が語られている。アメリカ人の感受性の運命がこの本で分かってくる。
      アメリカには4つのアメリカがある。ニューヨーク、ワシントン、カリフォルニアそしてこの本でとりあげられている原風景としての小さな町のアメリカ。カントリーとしてのアメリカである。
      テキサス州オースティンはカントリー・ソングの場所、ウィリー・ネルソン「母親よ、子どもをカウボーイにはするな」は、アボットというダラスから南下する高速道路をおりた400人近い小さい町が原点だ。
      その人のホームタウンがその自身のアメリカである。ジェリー・ジェフ・ウォーカー「ミスター・ボージャングルズ」はオースティンのにおいが濃い。ライブを重視し「ルッケンバック、テキサス」を歌うウェイロン・ジェニングスは、ニユー・メキシコ州ナヴァホ族のナヴァホ・カントリーの人々から人気を得た。
      ソロー「森の生活」は自然尊重で環境保護の古典だが、そのウォールデン湖が巨大受託開発されようとしたとき、土壇場で取り戻した反対運動のはイーグルスの一員ドン・ヘンリーであり、イーグルス復活につながる。カントリーという歌は地方性に根ざしておりテネシー州ナシュヴィルのチェット・アトキンスのギターは水際立っていると長田氏は書く。
      長田氏がミシシッピ河を車で遡り、バンジョー弾きのジョン・ハートフォードを書いた文章は素晴らしい。そして「風に吹かれて」のディラン。長田氏はロックのコンサートは今日的なミサといい、ディランの歌は中世ヨーロッパの宗教歌のようにデグニテイ(威厳、品位、落ち着き)があるということで、この本は締めくくられている。(みすず書房