莫言『犬について、三篇』

莫言『犬について、三篇』

 小品だが、莫言氏の真骨頂が出ていて面白い。夏目漱石にやはり小品「文鳥」というのがあるが、漱石はやはり猫で村上春樹氏は羊で、莫言氏は犬である。『白檀の刑』では「猫腔」という猫鳴きをリズムにする地方演劇がメインだが、同時に犬肉屋が舞台にもなっており、その嫁の眉嬢は犬骨肉のご馳走を持って愛人の県知事に会いに行く。『赤い高粱』でも日本兵に虐殺された高粱畑のまかの中国農民の死体を、犬の群れが集り、人肉を食い荒らしている場面がある。「日本の犬野郎」とゲリラ隊長は犬に自動拳銃の弾を撃つ。
この小品は莫言の娘が拾ってきた痩せ犬が次第に凶暴化し、鎖を引きずって鎖を断ち切って来客を噛み、さらに莫言氏に噛み付き、ケガを負わせ、処分せざるを得なくなる話である。抗日戦争のとき、駐留日本兵が飼っていたシェパードは、白い牙、緑の目、黒い耳に赤い舌で人肉を食べ脂ぎった体で、中国で多くの漢奸が出たのは、その恐怖からだという。文化大革命の時、食糧難で犬が飼えなかったが、犬を飼うブルジョア的旧社会から解放されたといわれた。そして裕福になりつつある今、富裕層の犬ペットの食事は名コックが作り、専属の世話人や乳母までつくといい、中国大都市の犬の生活は、中国人民の生活のレベルを超えていると莫言氏は述べている。
しかし人間の犬への不当な扱いについても莫言氏は目をそらしていない。人間のために、人間に忠実で番犬や猟犬、ペットとして尽くしているのに、人間は犬を奴隷的に扱い、罵る言葉も多い。犬は絶対的弱者であり、人間に盾突き噛み付くと殺される。人間はなんとも恐ろしい犬野郎だと犬は思う。人間にはなんとも仕えにくいものだとも。犬の中で徹底して覚醒している者は、人間が思っている「気がふれた犬」なのだ。犬が噛み付くのは犬たちの敵だと人間をおもっているからだ。犬たちは、何でも知っているが、中にしまいこんで愚かな振りをして、ワンワンという複雑な鳴き声をしている。この小品は寓話なのだろうか、諷刺なのであろうか。犬は人民大衆なのかそれは分からない。(トランスビュー社、立松昇一訳)