莫言『白檀の刑』

莫言『白檀の刑』
2012年ノーベル文学賞を受賞した中国文学の莫言の小説である。20世紀清朝帝国末期、西大后や袁世凱の時代、山東省高蜜県でのドイツ帝国主義下鉄道建設に反対し、建設現場を襲う農民たちの反乱と処刑の歴史物語である。反西欧帝国主義を掲げる義和団決起の時期でもある。西大后や袁世凱も実名で登場するが、処刑人一家や地方芝居「猫腔」の役者や下層農民、乞食、高蜜県知事とその愛人(反乱の首謀者で「猫腔」演劇役者の娘)などが登場し、物語は息つく暇も無く展開していく。「西遊記」や「水滸伝」なで中国伝統小説を読んでいるようだ。「猫腔」という地方演劇の「語り物」の口調で語られ、演劇的反乱となっている。土着の中国農民を基盤にした、西欧と支配層への文明開化(鉄道に象徴される)への庶民の敗北を前提とした反乱である。
私は、莫言のこの小説をよんでいて、南米文学のマルケスリョサ、カルペンチエール、ドノソなどの「魔術的リアリズム」との親近性を感じた。登場してくる人物が黒豹や虎、犬、豚、熊などに見えてくる書き方が、残酷な処刑場面の綿密な描写とともに、権力が弱者や反抗者にいかに人間性を持たず虐殺していくかが、美的な「猫腔」の語りのリズムにのって描かれていく。権力の処刑人趙甲は、職人的美学で処刑を芸術作品にまで高めて、西大后に謁見される。反乱者孫丙とは娘である眉娘を嫁にしている姻戚関係にあり、最後に「白檀の刑」を孫丙に行う。孫丙はドイツ兵の妻を強姦され、子供も殺され、反乱に追い込まれる。どこかの国で駐留軍人の強姦事件があったばかりの時読んだし、法務大臣が死刑執行を命じたとき読んだためか、国家権力の「処刑」がテーマの莫言の小説は切実さをもっていだ。
全体小説だから、中間管理職で官僚である知事銭丁も、末期帝国で出世の野心が次第に崩れていき、袁世凱と地域農民の板ばさみになり、妖艶な眉娘の愛欲におぼれていき、最後に破滅していく人物として、よく描かれていると思った。ともかく処刑の場面が凄い。(中公文庫上、下巻、吉田富夫訳)