暮沢剛巳『自伝でわかる現代アート』

暮沢剛巳『自伝でわかる現代アート

 芸術家の自伝によりながら、現代アートを語った異色な本である。自伝という自己言及の孤独な作業は、自己への偽りもふくまれているから、なお面白いともいえる。またとりあげられた8人が建築家フランク・ロイド・ライト、写真家マン・レイポップアートのウォーホル、画家・草間彌生、カバコフ、ポルタンスキー、デザイナーの田中一光と異色である。だが読んでいると、純粋美術の特権を認めない20世紀美術が浮かび上がってくる。
ライトの自伝は事実誤認も多いが、その劇的な浮沈の悲劇(借財、不倫での駆け落ち、妻子の黒人使用人による虐殺など)やコルビジュエなど機能的、機械的建築にたいして、自然に溶け込む有機的建築にライトが進んでいった理由や、何故日本建築や浮世絵に憧れて帝国ホテルを建設していったかが述べられている。暮沢氏はライトの傲慢な自信家と卑屈な小心者、緻密な策略家と大雑把な激情家の二面性を指摘している。
草間彌生を自己消滅に向かう芸術として捉えている。草間の自伝では、父母の刺々しい関係から「離人症」という幼児期に精神の病にかかり、「夢魔」を絵画療法的な創作の源にしてきたことが書かれている。草間の作品には初期から無限の網(ネット)と水玉模様(ドッツ)で埋め尽くされているが、これは恐怖する幻想や幻聴から身を守る儀式の側面があるという。28歳で日本脱出し、ニューヨークで前衛芸術家として成功した草間には、拝外主義と日本美術界の保守性の批判が自伝に濃厚にあると暮沢氏はいう。2009年国内でも文化功労者にまでなった草間に、暮沢氏は日本美術界が欧米の後追いでしか評価できなかったのは何故かを追及している。そういえば山中伸弥教授もノーベル賞受賞した途端に文化勲章を受章している。日本の「拝外主義」は「排外主義」と表裏一体である。またウォーホルと村上隆とのポップアートの比較も面白い。ポルタンスキーのホロコーストによる「死の記憶」のアート論も読ませる。
暮沢氏は20世紀美術を抽象絵画コンセプチュアルアートの二つに源流があるとしているが、その現代アート論をもう少し詳しく読みたいと思った。(平凡社新書