2011-01-01から1年間の記事一覧

片山智行『魯迅「野草」全釈』 

魯迅『野草』 片山智行『魯迅「野草」全釈』 『野草』を読んだ時私は漱石『夢十夜』を連想した。どちらも潜在意識が夢という象徴によって表現されている。魯迅の場合は夢九夜だが。漱石の場合は世紀末的不安や幻想性が強い。西欧近代が既に内面に入り込んで…

中野剛志『TPP亡国論』

中野剛志『TPP亡国論』中野氏は経済ナショナリズムの研究者だけあってグローバル化した世界経済のなかでの日本の経済戦略という視点からTPP(環太平洋経済連携協定)を考察している。TPPを開国とか自由貿易とか農業改革とかいう主張でなく、世界と…

フルトベングラー『音楽を語る』

W・フルトヴェングラー『音楽を語る』 政治思想学者・丸山真男はドイツの指揮者フルトヴェングラーのベートーベン交響曲を好んだ。第九を聴き「何という演奏か、誰が第一楽章の、あの一見リズミカルな進行の奥にひそんでいるすさまじいカオスをこれほど見事…

ドーア『金融が乗っ取る世界経済』

ロナルド・ドーア『金融が乗っ取る世界経済』イギリスの社会経済学者ドーア氏は『学歴社会新しい文明病』を愛読していた。そこには英国だけでなく日本社会まで及ぶ広い視野で学歴社会の到来を描いていた。この本は世界経済に金融社会が到来した現状を分析し…

シュトルムの小説を読む

シュトルムの小説を読む 19世紀北海沿岸のドイツ叙情詩人シュトルムの小説を読む。そこには市民の日常が自然環境の中で描かれ、人生で愛する人の喪失とあきらめを老後の孤独と共に描く。その根底には悲劇があるのだが、叙情的情緒が静かな諦念として浮かび…

池田純一『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』

池田純一『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』 ウェブ社会の現在,アップルやグーグル、フェイスブック、ツイッターは何故アメリカで生まれたのかをアメリカ社会史や思想史から解き明かそうとした野心作である。先ごろ死去したアップルのスティーブ・ジョブズは6…

堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』

堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』『ルポ貧困大国アメリカⅡ』 アメリカでは金融街ウォールの近くの公園を占拠したデモが続く。反格差と失業からの雇用が深刻化している。堤氏のこの本は、こうしたいまアメリカが抱えている問題を抉り出した力作である。第一冊目…

浜本隆志『窓の思想史』

浜本隆志『窓の思想史』 浜本氏によると現代は「窓の時代」だという。世界の都市では「ガラス箱」のような「窓の増殖現象」がみられる超高層ビルがどんどん建てられる。これに対し日本の伝統文化は障子・襖、平屋建てである。浜本氏はヨーロッパ文化を垂直志…

ラーナー『ミュージカル物語』

アラン・ジェイ・ラーナー『ミュージカル物語』 「マイ・フェアー・レディ」の作詞・台本を書いたラーナーのミュージカルの歴史である。19世紀末のオフェンバックのオペレッタから始まった大衆音楽劇は、20世紀には英米の舞台芸術の中核になっている。こ…

斎藤貴男『心と国策の内幕』

斎藤貴男『「心」と「国策」の内幕』 ジャーナリスト斎藤貴男氏はこれまで監視社会や格差社会の到来や憲法改正の潮流などを書いてきた気鋭の論者だが、この本では21世紀になって新自由主義社会のもたらし市場経済の矛盾を解消するため、「心の時代」として…

内田貴『民法改正』

内田貴『民法改正』 ここでいう「民法」とは親族法、相続法でなく経済活動をめぐる「契約法」改正をいう。驚くべきことに民法のこの部分は1896年(明治29年)制定時からほとんど改定されていず、100年ぶりの改正になる。2004年に民法現代語化が…

ケベル『中東戦記』

ジル・ケベル『中東戦記』 フランスのイスラーム政治研究者ケベルが、2001年の9・11事件の前後にアラブ諸国を歩いたフイールド・ノートである。エジプト、シリア、レバノン、アラブ首長国連邦、カタル、イスラエルそれにニューヨークを探訪している。…

宮部みゆき『狐宿の人』

宮部みゆき『孤宿の人』 徳川十一代将軍家斎の時代、瀬戸内の小藩・丸海藩に江戸で家人や家来6人を殺したという元勘定奉行加賀様が流人として幽閉されるところから物語は始まる。悪霊として丸海藩に様々な邪気、呪いを蔓延させるが、果たしてそれは真実なの…

野口武彦『江戸人の精神絵図』

野口武彦『江戸人の精神絵図』 江戸思想史が面白いのは、現代日本の精神とどこか似通うところがあるからだ。野口氏は江戸中期から末期の18−19世紀の江戸を取り上げている。野口氏はいう。水戸学の指導者・藤田東湖を圧死させた安政江戸地震(1855年…

ニコルソン『装飾庭園殺人事件』

ジェフ・ニコルソン『装飾庭園殺人事件』 ポストモダン・ミステリーの傑作だろう。モダン・ミステリーは鋭敏な探偵が論理的推理力を駆使して一つの真実を見つけ出し、犯人を逮捕し秩序を回復する。だがポストモダン・ミステリーは一人で全体を論理構築できる…

ブール『猿の惑星』

ピエール・ブール『猿の惑星』 近日に映画「猿の惑星 創世記」が封切られるというので、原作を読んでみる。これはSF小説を装って居るが、スウイフトの「ガリヴァー旅行記」や、シラノ・ド・ベルジュラック「日月両世界旅行記」のような諷刺小説なのだ。異…

日野龍夫『江戸人のユートピア』

日野龍夫『江戸人とユートピア』 江戸中期18世紀の学者荻生徂徠と門弟で漢詩人・服部南郭を中心に、閉塞した江戸社会でどういうユートピアを描いたかが語られていて面白い。日野氏は実証主義成立以前の近世の学問は、研究者の直接的自己表現という役割を果…

『サキャ格言集』『采根譚』

『サキャ格言集』 『采根譚』 東洋の処世訓である格言集を読んでいると心が落ち着いてくる。倫理学的体系性はないが、その格言は詩的であり、日常性があり、断片に人生の哲理が詰まっている。時々開いて何回も読んでみる。『サキャ格言集』は、13世紀のチ…

重田園江『ミシェル・フコー』

重田園江『ミシェル・フーコー』 20世紀思想としてフーコーの重要性はますます強まっていると思う。フーコー解説書は多く出されているが、重田氏の本は『監獄の誕生』を20年近く読んできた成果があり 権力論、国家論を深く突き詰めていて読み応えがある…

尾崎放哉句集

『尾崎放哉句集』 「咳をしても一人」という自由律の俳句で有名な尾崎放哉は、大正期に挫折と放浪の後、小豆島のお寺の庵主で41歳の人生を終わった。放哉の句を読んでいると「単独者の句」という感を強くする。一高から東京帝大を出て大企業に就職し、植民…

古今亭志ん生『古典落語 志ん生集』

古今亭志ん生『古典落語 志ん生集』 落語は語り芸で口承芸能だから、寄席に行きライヴで聴くのが一番だ。死んだ名人の場合それも不可能だから、テープやレコードで聴くことになる。特に独特の語り口をもつ志ん生はそれが一番だ。本題に入る前の面白いクスグ…

内田樹『レヴィナスと愛の現象学』

内田樹『レヴィナスと愛の現象学』 フランス現代思想で、レヴィナスは難解だ。レヴィナスの弟子という内田氏はパリ16区のアパルトマンに訪ねる。そこに「究極の賢者」を見出す。内田氏にとってレヴィナスを読むとは、読みつつある「私」を「読むことのでき…

中原祐介『現代彫刻』

中原祐介『現代彫刻』 戦後美術評論を先導した中原祐介氏が2011年3月に亡くなった。この本は現代彫刻を鋭い視点で描いたもので、文明論にもなっている。「私はミケランジェロの一点より、ティンゲリーの一点とともに生きたい」という中原氏の彫刻への熱…

高橋哲哉『デリダ』

高橋哲哉『デリダ』 現代思想は難しい。簡単に要約するのはなお難しい。アルジェリア生まれのフランス・思想家デリダの「脱構築」の思想は、20世紀に大きな影響を与えている。高橋氏のこの本はデリダ思想の全体像を見事に描いていて、初心者にもわかりやす…

藤原帰一『テロ以後』

藤原帰一編『テロ以後』 米国の9・11テロから10年たった。この本が出たのは2002年でその時買って読んだ。それから10年、再読してみた。当時と大きく異なるのは、テロ容疑者オサマ・ビンラディンが殺害されたが、対テロ戦争としてのアフガニスタン…

三上次男『陶磁の道』

三上次男『陶磁の道』 国立歴史民俗博物館編『東アジア中世海道』 中世世界史で魅力があるのは、東西文明の交流の視点である。これまではシルクロードという内陸アジアの交易路が注目されたが、その隆盛は7−8世紀までで、8−9世紀から15世紀では、海上…

朴裕河『和解のために』

朴祐河『和解のために』 2011年9月9日「朝日新聞」は韓国政府が日本政府に旧日本軍元慰安婦の損害賠償協議開催を提案すると報じている。朴韓国世宗大学教授のこの本は、教科書問題、慰安婦、靖国、独島(竹島)という過去の民族共同体の記憶(歴史認識…

柳宗悦『工芸文化』

柳宗悦『工芸文化』 民芸運動を行った思想家・柳宗悦が、今年で没後50年になる。民芸とは民衆の日常生活の実用性で使われる焼き物や染物・織物、家具などを指す。この本でも美と生活の結合による「美の国」を目指す。民芸は手工芸が伝統であるから、手仕事…

山本義隆『福島の原発事故を巡って』

山本義隆『福島の原発事故をめぐって』 『十六世紀科学革命』や『磁力と重力の発見』を読み、私は山本氏から西欧科学の革命を色々と学んできた。その科学史家が福島原発事故を論じたのでさっそく購入し読んだ。山本氏は日本原子力平和利用について、1950…

ブルガーコフ『悪魔物語・運命の卵』

ブルガーコフ『悪魔物語・運命の卵』 20世紀スターリン時代の作家ブルガーコフの中篇小説は、ゴーゴリの『外套』や『鼻』のような幻想と現実が交じり合い、それにユーモアの諷刺が効いている小説だと思った。またH・JウェールズのSF小説的手法を持って…