高橋哲哉『デリダ』

高橋哲哉デリダ



 現代思想は難しい。簡単に要約するのはなお難しい。アルジェリア生まれのフランス・思想家デリダの「脱構築」の思想は、20世紀に大きな影響を与えている。高橋氏のこの本はデリダ思想の全体像を見事に描いていて、初心者にもわかりやすい。だが1998年までで、残念ながら21世紀のデリダの政治活動は書かれていない。デリダ思想はギリシャ哲学以来の西欧思想(形而上学)を乗り越えようとしている。
 デリダは現前としての存在の差異なき自己同一性、他者なき自己存在の不可能性を説く。純粋現前の主体の欲望が実現されるためにはそれを防げる対立する要素が外部に排除されなければならない。ここに内部/外部の二項対立が生じる。形而上学には階層秩序的二項対立により構築されている。例えば自己/他者、同一性/差異、精神/物質、現実/虚構、男/女、西洋/東洋など。デリダのいう「脱構築」とはこの二項対立を解体することである。高橋氏はこう書く。「内部/外部の階層秩序的二項対立は、けっして完全には確立しないこと、内部/外部の境界線は究極的には決定不可能であり、可変的、流動的、不安定なものであること、外部は内部の内部であり、内部の内部から外部を外部に追放することは不可能である」純粋な内部(自己)に外部(他者)にたえず持ち込み、その差異を決定不可能なまま、生み出していく、この差異化をデリダは「差延」という。
 デリダ思想には「他者性」が大きな意味を持つ。「私」は他者によって先立たれている。超越的主体主義、自己中心主義は、抹消不可能な他者への関係を忘却し否認している。「まったき他者」への責任=応答可能性が重視される。高橋氏の本で面白いのは、デリダの「法・暴力・正義」を、脱構築と他者から論じている部分だ。その結果、脱構築とは、固有名の固有性、署名の同一性、起源の現前性からの離脱という思想が導きだされる。西欧(フランス)中心主義、党や民族、さらに人間中心主義まで脱構築の対象になる。21世紀にはいってデリダの急進的政治化の原点はここにある。(講談社、「現代思想冒険者たち 28巻」