ニコルソン『装飾庭園殺人事件』

ジェフ・ニコルソン『装飾庭園殺人事件』
 
ポストモダン・ミステリーの傑作だろう。モダン・ミステリーは鋭敏な探偵が論理的推理力を駆使して一つの真実を見つけ出し、犯人を逮捕し秩序を回復する。だがポストモダン・ミステリーは一人で全体を論理構築できる探偵はいないし、偶然な非条理によって複数の相対的な真実が重層して、複数の真実が現れてくる。迷宮と混沌の世界が残される。ニコルソンのこのミステリーもその一つだ。
 ロンドンのホテルで中年の造園家でテレビにも出演している有名人の睡眠薬死体が発見される。警察は自殺と片付けるが、美貌の妻が殺人の可能性もあると、様々な人々に捜査をカネを出して依頼する。ホテルの警備員、女精神科医、娼婦、英文学教授、女性カメラマン、俳優、ハーブ園芸家まで。16人の人々がそれぞれの証言を語っていく。死んだ男の愛人の隠し子までが、語り始める。どこに真実があるのか。謎の秘密結社も登場するが、それが果たして真実在かどうかもわからない。
 装飾庭園とはフランス・ヴェルサイユ宮殿の庭園のような古典主義的均整のとれた幾何学的庭園をいう。他方、英国式庭園は自然らしさを装い、曲線的、多様な複雑性をもった庭園をいう。ニコルソンはこの本でこの二つの庭園を、モダンとポストモダンの象徴としているが、英国庭園も「偽の自然」とみており、それの反発がこの殺人事件の「装飾庭園」的計画に敗れ去る諷刺もある。余分なことだが、日本の枯山水庭園は禅の思想かしらないがガーデニングではなく、それが造園なら「コンクリート舗道の作業員はみな禅の導師」とニコルソンは厳しい。
 ポストモダン的と思ったのは、犯人―被害者という二項対立による厳然とした区別も流動化されてしまっていることだ。果たして犯人と呼ばれるものは存在するのか。ジグゾーパズルがすべてはめ込まれると、驚くべき事態に繋がっていく。(扶桑社ミステリー、風間賢二訳)