ドーア『金融が乗っ取る世界経済』

ロナルド・ドーア『金融が乗っ取る世界経済』

イギリスの社会経済学者ドーア氏は『学歴社会新しい文明病』を愛読していた。そこには英国だけでなく日本社会まで及ぶ広い視野で学歴社会の到来を描いていた。この本は世界経済に金融社会が到来した現状を分析し、2006年リーマン・ショック以後からギリシヤ危機まで「経済の金融化」から論じている。金融統制に為替取引税(トービン税)を提案したトービンを論じたとき、ドーア氏はリカードアダム・スミスケインズなど英国政治経済学者の国に生まれたのはよかったといい、経済効率だけを問題にし、その合理化=モデル化による数量化を目指す新古典派が、大学の専門学になったのを憂い、君子の学問が小人の学問になったと述べている。私はこういうドーア氏が好きだ。
金融パニック以後社会を変える金融化でドーア氏は①所得や富の格差拡大②不確実性・不安の拡大③知的能力資源の配分の金融界への傾斜④信用と人間関係の歪みを挙げ分析し、金融化が経済だけでなく、政治、社会、教育、学問、人間心理にまでいかに影響しているかを明解に実証している。其れに対し国際通貨基金国際決済銀行など国際機関は腰が重いし、国家は巨額な税金を金融機関に投入し救済するし、メガバンクはますます巨大化していく。株主主権は猛威を振るい、証券文化は盛んになり続ける。金融、政界、経営の「金経政複合体」が形成され、金融界は高額な報酬を得、人材も流れギャンブル心性が金融工学を使い、その結果ますます格差社会になる。
ドーア氏は金融危機以後の金融改革も現状維持に終わるとみているようだ。ドーア氏はG20が2010年に提案した銀行の規制、国家の監督機能強化、自己資本比率、金銭的インセンティブにとって代わるもの、格付け会社の公共性などを検討し変革が骨抜きになる状況を分析している。日本も日本的経営から小泉改革の金融自由化で、金融化社会に突入した。「アングロサクソン資本主義」が崩壊しつつある時の「遅れてきた青年」である。わたしは、1929年の大恐慌の前に欧米並みの金本位制を導入し失敗し、戦争の道にいかざるを得なくなった歴史を思い出す。最初は悲劇だが、二度目は喜劇だ。(中公新書)