ブルガーコフ『悪魔物語・運命の卵』

ブルガーコフ『悪魔物語・運命の卵』



 20世紀スターリン時代の作家ブルガーコフの中篇小説は、ゴーゴリの『外套』や『鼻』のような幻想と現実が交じり合い、それにユーモアの諷刺が効いている小説だと思った。またH・JウェールズのSF小説的手法を持っているとも感じた。露文学者・亀山郁夫氏はスターリンとの確執を『磔のロシア』で描いたが、ブルガーコフ再評価はソ連解体以後強まってきている。
 科学的、合理的なものが、偶然に生じた不合理なものによって日常性が破壊されていく小説と訳者・水野忠夫氏はいう。『悪魔物語』は、合理的ソ連官僚制が、奇怪な二重性を持った党官僚の分身によって、翻弄され破滅していく。現実が幻想になり、幻想が現実になる。そうした迷路のような不安のなかで官僚制が肥大化していくのはカフカの小説のようである。現代の「悪」とは何かも見えてくる。 
私は『運命の卵』が面白かった。動物学者ペルシコフ教授が、生物がまたたくまに繁殖し巨大化する赤色光線を発見し、雨蛙で成功する。その雨蛙は意地悪そうな目をもつ。それが報道されメディアが大騒ぎし(ここにも諷刺が効いている)、官僚制が鶏と卵を増産しょうとする。ところがペルシコフ教授に送るアナコンダ(大蛇)の卵が鶏卵ソフォーズに間違って送られ、巨大爬虫類がモスクワに迫る。教授は激怒した民衆に殺される。未完成な技術を早急に利益化しようとして破綻を生じるのは、原発技術に似ている。最後に酷寒の襲来で生物が死に絶え自然によって救われるのは、ウェールズ宇宙戦争』で宇宙人が風邪ウィルスで死に絶えるのに似ている。この小説は合理的で社会主義を目指したロシア革命スターリン独裁で破綻していく諷刺を読み取れる。(岩波文庫水野忠夫訳)