シュトルムの小説を読む

シュトルムの小説を読む


19世紀北海沿岸のドイツ叙情詩人シュトルムの小説を読む。そこには市民の日常が自然環境の中で描かれ、人生で愛する人の喪失とあきらめを老後の孤独と共に描く。その根底には悲劇があるのだが、叙情的情緒が静かな諦念として浮かび上がってくる。
『みずうみ』
シュトルムの代表作とされる。少年少女時代の初恋の思い出とその恋の挫折を、老人となった少年が「失われた時」として回想する。若き少年少女の森の中での苺探しと恋の目覚めがみずみずしい。学問を学ぶため都会の大学に出た少年は長い勉学の後故郷に帰るが、すでに少女は少年の友人で金持の若者と結婚していた。そのみずうみの新居を訪ねる場面はみずうみの描写と、まだ惹かれあう二人と、少年の悔恨と苦悩を詩的に描く。ゲーテの『若きウエルテルの悩み』の激しさと劇的情念と自死に比べ、静かな諦念の悲しみが際立つ。
『後見人カルスステン』
父子の葛藤と喪失の諦念を描く。まじめな市民カルステンが派手好きで魅力的な妻の死後その息子は、母に似て無思慮で軽はずみな性格で借金を重ね父と養女の財産を蕩尽していく。カルステンは息子を憎みながら妻への妄執から棄て切れない。愛情と妄執の父と息子の葛藤は迫力をもって描かれ、最後の息子の無謀さによる死に至る。孤独な老後に死んだ妻と息子を思う老人の悔恨は迫力がある。市民的真面目さが官能の情念に引き裂かれていく。
『ハンス・キルヒとハインツ・キルヒ』
これも父子葛藤の物語である。ここでは父の支配と頑固さが息子を船員となって放浪させ、数年後の息子の故郷への帰宅も父と会話ができず再び去って死んでいく。老人となった父の罪の意識と悔恨、息子を思う愛情で海を見ながらの老後の描写は迫力がある。そのあきらめは巨大な力となって迫ってくる。ツルーゲェフの描く「父と子」に比べ世代的価値観の葛藤は余り見られない。
『美しき誘い』
北海で泳いでいた少女が溺れ、それを助けた彫刻家の青年の感謝と羞恥と恋、十数年後その場面を描いた彫刻が縁になって二人は再会し結婚する。シュトルムの小説にしては最後が明るい。北海的なものがギリシヤ的芸術を媒介にして融合する。ここにはシュトルムの悔恨と諦念は南欧の太陽の光で消失している。(『みずうみ』関泰祐訳、『聖ユルゲンにて 後見者カルステン』国松孝二訳、『美しき誘い』国松孝二訳、三冊とも岩波文庫