斎藤貴男『心と国策の内幕』

斎藤貴男『「心」と「国策」の内幕』

 ジャーナリスト斎藤貴男氏はこれまで監視社会や格差社会の到来や憲法改正の潮流などを書いてきた気鋭の論者だが、この本では21世紀になって新自由主義社会のもたらし市場経済の矛盾を解消するため、「心の時代」として危機意識をもった支配層の「心」の「規律訓練」(ミシェル・フコー)社会への対応を描いた力作である。震災以後、公共広告機構がテレビCMで芸能人を使い垂れ流したコピー「がんばろう日本」「日本は一つのチームなんです」「日本は強い国、日本の力を信じる」は、経団連や政府官邸のいう「新しい公共」とセットになつており、それは21世紀に入ってからの秩序と規律重視の「心」への対応の延長線上にあることが斎藤氏の本で良くわかった。
 斎藤氏は学校や街場で、生産・ビジネス現場で日本人の「心」がいかに訓練されているかをルポする。とくに自民党政権時代、学校の道徳教育に使用された「心のノート」の実相のルポは迫力がある。ニセ科学まで利用した「水からの伝言」で「ありがとう」という心を書いた水は結晶するというのには驚く。また広島県警などの暴走族対策に掃除(トイレ)をさせる規律訓練がいかに効果があったかのルポにも驚く。「心のノート」の立役者心理学者・河合隼雄とのインタビューも、社会矛盾を心理学主義で解決しようとする矛盾がよくわかる。
 私は斎藤氏のこの本を読み二点を感想として持った。第一は新自由主義という経済成長と自由市場競争による格差社会の矛盾が、果たして対症療法的、心の道徳教育的訓練で解消するのかという疑問である。アメリカ流の人格教育やキャリア教育は、成人して社会にでたとき効果がはたしてあるのかも疑問である。強制制はないというが、「心」の「規律訓練」のためにはフコーのいう「生権力」が入らざるを得ないのではないか。格差、エリート世襲社会を防衛すると見られないのか。「心」を軽々しく扱わないでほしい。第二に国と伝統を愛する愛国心と、戦後続くアメリカ依存の精神が果たして両立するのかも疑わしい。アメリカのための在日米軍再編やアメリカ議会の日本従軍慰安婦非難決議にたいする卑屈な政府が、「武士道の国からきた自衛隊」と胸をはれるのか。自立した国民になるのが先である。いろんなことを考えさせる本である。(ちくま文庫