中野剛志『TPP亡国論』

中野剛志『TPP亡国論

中野氏は経済ナショナリズムの研究者だけあってグローバル化した世界経済のなかでの日本の経済戦略という視点からTPP(環太平洋経済連携協定)を考察している。TPPを開国とか自由貿易とか農業改革とかいう主張でなく、世界と日本の関係としてとらえて批判している。現状分析もしっかりとしている。日本の平均関税率は2・6%と低く、穀物自給率もわずかであり、すでに「開国」していると中野氏はいう。日本の輸出先、輸入元は米国が最大であり、またGDPに占める輸出は二割であり輸出主導国というより内需大国だという。その上で需要不足と供給過剰が続くデフレ下では過度な貿易自由化は格差を拡大し、実質賃金を低下させ、失業を増やすという。輸出拡大はデフレをさらに悪化させると警告している。まずデフレ脱却がいま最重要だというのだ。
中野氏はTPPを世界の構造変化とアメリカのリーマン・ショック以後の戦略から分析し、過剰な消費と輸入という戦略から転換し、アメリカが自国の雇用を増やすため輸出倍増戦略に転換し、その一環がTPPだと指摘している。今後高騰が予測される農産物を武器に日本にターゲットを向けてきているともいう。中野氏の危機感は日本人の戦略的思考の弱さを突き、回復させようという意図で書かれている。だから単なるTPP論に留まっていない。中国や韓国、さらにロシアを無視した環太平洋連携とは、アメリカ版「大東亜共栄権」ではないのかという感じを私は持った。一体「東アジア共同体」という考えはどこに行ったのか。
中野氏の本で面白かったのは、極端な自由化は過激なナショナリズムを招くという主張である。TPPと日米安全保障体制でアメリカが日本を護ってくれるという虚妄から「自主防衛」論が強まり、ナショナリズムへの回帰へ進むことは時代錯誤である。だが環太平洋と東アジアに分裂した状況に、日本はどう橋をかけるのか。そこが問題だ。(集英社新書