『サキャ格言集』『采根譚』

『サキャ格言集』
『采根譚』



 東洋の処世訓である格言集を読んでいると心が落ち着いてくる。倫理学的体系性はないが、その格言は詩的であり、日常性があり、断片に人生の哲理が詰まっている。時々開いて何回も読んでみる。『サキャ格言集』は、13世紀のチベット仏教の学者だが、巨大なモンゴル帝国の勃興にチベットを護ろうと交渉にモンゴルに行った政治家でもあった。だがその格言は宗教臭くない。友野典男著『行動経済学』を読んでいたら、「他者を顧みる心―社会的選好」の章にサキャが引用されていて嬉しかった。「努力して自分の利益を達成したかったら、まず他人のためにすべきだ。自分の利益だけを心掛けると、自分の利益は達成されないものだ」
 サキャは「賢者」と「愚者」に分け「賢者」になる道を格言で説く。「すぐれた人は自分の欠点を見、劣った人は他人の欠点を探す。孔雀は自分の身体を観察し、フクロウは他人に悪い兆しをもたらす」ユーモアもある。「けちな人の財産、ねたみ持ちの友達、愚者の知識、あっても嬉しくない」いかに功徳に達するか、いかに平静であり温和でいられるかが散りばめられている。
 『采根譚』の著者洪自誠の履歴は不明だが、17世紀中国・明代の学者で、儒・仏・道三教兼修の隠逸の士だという。洪は「君子」と「小人」に分け、「君子」になる道を説く。
「人の小さな過失を責めたてることをせず、人のかくしておきたい私事をむりにあばきたてたりせず、人の過去の悪事をいつまで覚えておくようなことをしない。この三つを実行すれば、自分の徳を養うことができるし、また、人の恨みを買う災害から遠ざかることができるという。
 そこには、無心、非執着、それに消去法的処世訓。「人生は少しだけ減らすことを考えれば、その分だけ世俗から抜け出すことができる」といい、友人、発言、思索、利口ぶることを減らせばその分だけ本性を全うできるという。私には痛い指摘だ。名声よりそれを逃れる事、物事に練達になるより、余計なことを減らすことなども述べている。(『サキャ格言集』今枝由郎訳、岩波文庫、『采根譚』今井宇三郎訳注、岩波文庫