中沢新一『熊楠の星の時間』

中沢新一『熊楠の星の時間』

           『森のバロック』を書いた人類学者・中沢新一氏が2016年に南方熊楠賞を受賞した。それを記念して、熊楠を論じながら、西欧近代科学を乗り越える「野生の科学」という中沢氏の持論が展開されている。
           熊楠は明治の生態学者、民俗学者だが、これまでエコロジーの視点から、鶴見和子により再評価されてきた。中沢氏は、熊楠を、「東洋の学問」を作り出そうとした野生の科学の視点で、華厳仏教を土台に、西欧科学の同一律矛盾律排中律の3つの「ロゴス」から、不生不滅、不断不常、不一不異、不来不出の「レンマ」への学問を目指したという、
           法界の曼荼羅の世界の連続性は、生態学量子力学でも解釈できる。中沢氏は西欧ての矛盾律排中律を取っ払い、動物で植物、生で死という連続性を、粘菌やサンゴ礁といった熊楠が研究した学を、先駆的と述べている。境界とされる海辺や里山も連続性としてみている。
           環境保護の行動主義者熊楠の、明治の神社合祀への反対運動も詳しく触れている。合祀がいかに鎮守の森を伐採し、土地の環境を変化させ災害をこし、郷土愛や住民の精神を荒廃させるかを『南方二書』を紹介している。哲学者・ガタリの「自然のエコロジー」「社会のエコロジー」「精神のエコロジー」の三つのエコロジーと比較していて面白い。
           さらに精神分析学者・ラカン現実界想像界象徴界の理論をつかい、象徴界に欠損があった熊楠が、華厳仏教の理論を使い、「因果」関係を捨て、「縁起」関係という偶然性でそれをつなぐループで、マトリックス曼荼羅いかに創造していったかを論じている。
          自然と文化の分断が、近代以後の日本精神をいかに歪めたか、それと葛藤した少数の知識人が存在するが、その一人が熊楠だと述べている。リアルとバーチャル、対称性と非対称性、客観的自然と脳内の自然を行き来する「インドラの網」の超高速情報網を通じて全世界に広がって行く。
          最近ではフランスの人類学者・フィリップ・デスコラが、自然と文化の壁を取っ払い、自然科学と人文科学をつなげようとしている。
力作だし、中沢氏の思想を知るにもいい本だと思う。(講談社