若島正『乱視読者のSF講義』

若島正『乱視読者SF講義』

SFといえば、ポーランドの作家・スタニスワフ・レムがいる。「ソラリス」が作品として映画化もされ有名だ。レムに『完全なる真空』や『虚数』(いずれも国書刊行会)という作品があり「存在しない書物についての書評」なのである。私は若島氏のSF講義を読み、半数以上は読んでいず、架空の書評を読む思いだった。
SFとは、幻想文学であり、擬似科学を使うエンタメと思つていたが、若島氏のSF論を読むと。想像力(幻想)によるメタ文学の要素がいかに強いかがわかる。若島氏の読書は、「新批評」に近いもので、白紙で本に向かい社会的・歴史的解釈を排し、ひたすら作品の言葉にこだわろうとする読み方である。但し題名、副題、序文などのパラテクストや、テクストの内部に他のテクストが内在するインターテクストの読みを行っていて面白い。
SFの面白さは、アイデアの奇抜さがあるだろう。フィリップ・K。ディックは人間とアンドロイド(ロボット)の違いはなにかという人間論にいきつく。だが、ディックは、若島氏がこの本で短編「にせもの」を論じている。自分を一番知っているはずの人間が、実は自分をロボットと信じているパラドクスを描く。この背景には50年代アメリカの「赤狩り」の恐怖が隠されている。
若島氏の本で、私が一番読んでいるH・J・ウェルズとレムがやはりわかり助かった。ウェルズを「最大の幻視作家」という。「タイムマシン」を科学ロマンスといい、「モロ―博士の島」「宇宙戦争」など原型を作り出した。若島氏はそこに「自由」「情熱」を見る。自由な想像力の飛翔、大空への飛翔がある。
他方レムには、人間中心主義や知性中心主義にたいする批判があり、人間の知性を拒否する人間以上の知性体が海や砂漠生命体として形象化される。
70年代以降のSFは、ジーン・ウルフ論に出ている。パラドックスを含むパズルの要素が強い。書物に魅惑され、書物の迷路に迷い込む。小さな細部に謎が潜む。「ガブリエル卿」という短編の読み方は凄い。一冊の本との出会いを、贋歴史の形をとりながら、本の中の幻想世界が、空虚な現実世界にたいして、いかに魅力を持つかが述べられている。(国書刊行会