金子民雄『ルバイヤートの謎』

金子民雄ルバイヤートの謎』

            11世紀ペルシアのオマル・ハイヤームの四行詩集『ルバイヤート』は、快楽主語と無常・諦観が混合した傑作詩である。
            
            「わが宗旨はうんと酒を飲んで愉しむこと、わが信条は正信と邪教の争いをはなれること。久遠の花嫁に欲しい形見は何かときいたら、答えて言ったたよー君の心のよろこびをと」
          「わが背骨は時の重みに撓み、わが勤めは、全く不首尾に終わった。人生は死出の旅につくばかり。そこで言ったよ、おれはいくまいと。すると答えに、家が潰れかかっているというのに、一体どうしようというのだい。」(岩浪文庫、小川亮作訳)
          アジア史学者の金子氏はこの本に魅せられてハイヤームの故郷イランのニシャプールを何回も訪ね、ほとんど知られていない詩人像を明らかにしようとしている。11世紀セルジュク朝に征服され、イスラム教も強くなった。ハイヤームは宮廷につかえた数学者・天文学者で、三次元方程式を定立したり、天文暦をつくったという。
          イスラム教が入り、ギリシャの学問を取り入れた最盛期を過ぎ、トルコやモンゴルの征服で崩壊する最後の残光がハイヤームにある。イスラム教は異民族のアラブ人の宗教であり、訳者・小川氏は、「唯物主義無神思想家」ときめつけているが、私はギリシア的思想家だと思う。かれの無常観はそこにある。
         金子氏の本が面白いのは、「ルバイヤート」という一冊の本の運命を丹念に追っていることだ。19世紀英国の詩人フィッツジェラルドが発見し、英訳したことから始まる。近代の西欧のオリエンタリズムの所産なのだ。
         不穏な時代に広がった四行詩だから、真正草稿の発見は困難をきわめた。現代ペルシア作家による真正ルバイヤートの発見と、贋作だったという歴史も面白い。多くのハイヤームでない作者の四行詩もふくまれていることも、わかってきた。真作といわれたケンブリッジ版も贋作とわかる。
         「孔雀のルバイヤート」といわれる20世紀に作られた表紙の孔雀を、ルビー、トルコ石、トパーズで飾られた豪華本は、タイタニック号につまれ沈んだという。復刻版はロンドンの銀行の金庫に預けられたが、第二次大戦の空襲で焼かれた。再復刻版は、日本のコレクターが入手したと金子氏はいう。
         金子氏は故郷ニシャプールの訪問は、廃墟になっていた。ソ連(ロシア)、トルクメニスタン、イラン、アフガニスタンの境にに存在するから、たびたびの侵略・戦争を経験してきた。ハイヤームが生きていたら、無常観や諦観を強め、厭世感は正しかったという。(集英社新書