ウェルズ『解放された世界』

H・Gウェルズ『解放された世界』

2016年5月27日のオバマ大統領の「核なき世界」演説を聴き、私はウェルズ『解放された世界』を思い出し再読した。ウェルズといえば、「宇宙戦争」「タイムマシン」「モロー博士の島」などSF作家として有名だが、100年前の1914年に刊行されたこの思想小説がオバマ演説の底流には流れている。
1914年といえば第一次世界大戦が始まった年である。まだ原爆という核兵器も作られていないのに、ウェルズは、原爆を製造する科学者からこの小説を始めている。広島・長崎の原爆投下の40年前に、核戦争がおこり、パリ、ロンドン、ベルリンに原爆が投下され、廃墟になる。ただし被爆者の描写は弱い。経験がなかったからだろう。
ウェルズの予見性も凄いが、この小説の核心は、核戦争後の人類の目覚めであり、核なき世界・戦争廃絶の世界を、いかに生き残ったエリートが建設していくかにある。国際連合の構想もそれが出来る前にウェルズにはあり、後の国連が国家主権の連合になったことを批判している。 
ウェルズの小説では、国家主権を廃止し、『人権世界共和国』を造ることにあった。そのため北朝鮮のような核兵器を最後まで手放さない国家に対していかに取り組むかも書かれている。オバマ演説でも、広島・長崎は人類が「道徳的に目覚める始まり」と述べていたが、ウェルズも核戦争により、これまでの物質的進歩や暴力の使用が、前歴史的・古代史になったかが述べられている。
ウェルズの世界共和国は世界人権宣言に則った「世界憲法」からなる。国連が1948年「国連世界人権宣言」を出す34年前に、この小説では書かれている。
ウェルズは科学に楽観的であり、科学者共同委員会が世界政府の核心になるべきだとしている。まず国連で、核兵器を登録し、ついで国際管理を世界共和国で行う必要がある。
核なき世界・解放された世界の、今後の指針が詰まっている20世紀の名著の一つだろう。
訳者の浜野輝氏によると、このウェルズの小説の精神は、戦後日本の憲法前文や、第九条に影響を与えているという。
ウェルズの思想小説、ユートピア小説は、私たちにも大きな影響を与えたことになる、ウェルズは1946年に自分の預言通り、広島、長崎の原爆投下を見て死んだ。(岩浪文庫、浜野輝訳)