ダシーエル・ハメット『マルタの鷹』

ダシーエル・ハメット『マルタの鷹』

ハードボイルドと推理小説を結合させた傑作だといわれる。だが今回読んでみてそうは思わなかった。確かに私立探偵サム・スペイドは、常に冷静であり物事に距離をとり、必要とあれば暴力も辞さない。推理もパースがいうホームズ的推論とは違う。帰納による推理はしない。人間の「言語ゲーム」が、謎をとく鍵とみる。
私は、ハメットの傑作性は、真実と虚構の戯れのなかで、人間の信用性と不信性を冷静に判断していくところにあると思う。筋は中世の騎士団によりスペイン王に送るために作られたマルタの鷹を、探し出し取得すギャングの争いである。三人の殺人も起こる。
マルタの鷹の歴史も「偽史」臭いし、最後に手に入れてみたら、鉛の偽物だったのである。この小説に登場する人物は、みな嘘をついていて、どれが真実かわからない。
スペイドは、暴力でなくこの「言語ゲーム」の嘘の底を見出そうとする。会話が面白い。ギャングと何回も会談をし、その話し合いの中で謎を解いていく。
出てくる美女も、どこまでが恋愛感情で接してくるのか、すべて嘘なのかがこの小説のポイントである。人間は信用できないし、自己欺瞞を含めていかに嘘をつくかが、この小説には充満している。
     たんなるハードボイルド小説ではない。会話ゲームが、三分の二もあり、ヘミングウエイ的な簡潔な会話が続いていく。ホームズの探偵小説が、帰納―推論というホームズの閉ざされた頭脳で謎を解いていくのに対して、スペイドは、開かれた人間関係の言語ゲームのなかから、探偵もその人間関係に巻き込まれて。観察と洞察で嘘を見抜いていく。
     関係論的探偵小説なのである。たしかに江戸川乱歩がいうように、宝物の奪い合いと悪人の術策の腹の探りあいで退屈だというのは、本格探偵小説から見ればうだろう。だがゲーム小説として読むとやはり面白い。(創元推理文庫、村上啓夫訳)