ユゴー『エルナニ』

ヴィクトル・ユゴーを読む②」
ユゴー『エルナニ』

 ロマン主義は、自由主義でもある。この劇を読むと、シラーの『群盗』を思い出す。エルナニは貴族の子弟だが、国王に父を殺され、山賊になり、反乱を行う。ユゴーのこの戯曲は、ラシーヌコルネイユなどの古典演劇への芸術上の自由の反乱だった。
 古典演劇の牙城であるコメディ・フランセーズで1830年上演の時は、古典派とロマン派が激しい上演妨害を行い、「エルナニ合戦」といわれた。
 古典派に見られる三単一の法則、つまり24時間内という「時の単一」、場所の同一性という「場の単一」、一つの筋で統一される「「筋の単一」をユゴーは総て破っている。
 復古王制の時代の高齢者支配に対するユゴーら20代の若者たちの世代間反乱だった。「エルナニ」には、60歳を過ぎたドン・リュイ公爵が登場し、姪のドニャ・ソルに恋慕して、エルナニとの恋愛・結婚を妨害し、最後に二人を死に追いやる。自分も自刃する。
 この戯曲の面白さは、人間を「単一」と見ていないことだ。美女を巡り三人の男が三角関係になる。だが三人とも性格がかわっていく複数人格の持ち主なのだ。スペイン国王のドン・カルロスは、最初は強権的で娘を拉致までするが、神聖ローマ皇帝に選挙されると、寛大さを取り戻しエルナニと娘の結婚を許す。
 エルナニ自身も、高貴な人格と、山賊としての残忍な暴力性をあわせもつ。老人のドン・リュイ公爵は、貴族の誇りと同時に、権謀術策をおこなうマキャベリストでもある。筋が複雑になるのは当然だ。
 だが、訳者の稲垣直樹氏は、当時パリの民衆が好んだメロドラマの手法がこの戯曲にはみられるという。女主人公に美しく穢れがない女性を配し、彼女のためには命も惜しまない騎士道の男性が配される。たしかに、このエルナニのヒロインであるドニャ・ソルには、あまり個性が感じられなかった。
 復古王制は7月革命で倒されるが、ユゴーは若いときから立憲君主制論者だから、ナポレオン2世や3世に期待していく。近代フランスの政治史の複雑性がよく分かる。だがこの戯曲は中世からルネッサンスへの移行時代の物語である。(岩波文庫、稲垣直樹訳)