坂元ひろ子『中国近代の思想文化史』

坂元ひろ子『中国近代の思想文化史』

力作である。19世紀清朝末から。中華人民共和国の成立、文化大革命から天安門事件まで視野が届いている。登場する知識人は、康有為、孫文梁啓超毛沢東胡適など30人以上におよぶ。
 儒教的世界観や仏教、道教など伝統的知識が、西洋の思想に出会ったとき、どう格闘し新思想をつくつていくかは、日本でも明治期にみられる。だが日中では違う。そこには「中国意識」の形成という問題がある。
 確かに初期には日本の「和魂洋才」に匹敵する「中体西用」という折衷も見られた。伝統の創造という儒学更新が、康有為や譚嗣同などの思想にみられる。列強の進出で厳復たちによる進化論が強まる。私は中国近代に社会進化論が日本より強く影響を与えているのを、坂元氏の本で知った。それが中国民族論につながり、生き残るための他民族を含む費孝通の1980年代の「多元一体民族論」にまでつながる。
開明専制から、立憲志向は、欧化主義の梁啓超から、胡適そして儲安平まである。だが、老荘思想によるアナーキズム、中国的無政府主義も強く、作家・巴金などもみられるのが面白い。それは、郷村の共同主義になり、私見だと毛沢東人民公社や、文革につながっていくのではないか。
 日本と違い(武者小路実篤の「新しい村」はあったが)、中国近代思想には「労工神聖」とか、汎労働コミューンや「大同思想」のような平等主義が強い。毛沢東の「知識人の労農化」という考えは、整風運動から文革にまで貫徹している。それがソ連的重工業化やテクノクラート主義に反旗を翻した中ソ対立の根底にある。
 坂元氏は漢字の、簡体化、ビンイン、普通話など文字改革にふれているが、これこそ中国近代の文化革命だと思う。コンピュータに対応できるようになる先見性があった。もう一つは女性解放だが、纏足廃止など重要な点があるが、私にはあまりよくわからなかった。武田泰淳の小説に、秋謹を扱った面白い小説がある。
 文革から改革開放の思想は、費孝通の中華民族ナショナリズムにつながっており、孔子名誉回復など「新国学」も目が話せない。(岩波新書