アレクシエーヴィチ『死に魅入られた人びと』

アレクシエーヴィチ『死に魅入られた人びと』


     2015年ノーベル文学賞にきまったアレクシエーヴィチ氏を読む。同氏はベラルーシ大学ジャーナリズム学部を卒業してジャーナリストになった。インタビューを中心にしたドキュメンタリーの手法を使い、質の高い文学作品を創造した。
     「小さき人々の大きな歴史」を文学化したといわれる。チェルノブイリ原発事故に関わった人々の聞き書きや、第二次世界大戦に従軍した女性、アフガン戦争帰還兵の証言など、他者の深い苦悩を長い時間をかけ、聞き出していく。私は、「語り部」のような同氏の本を読んでいて、水俣病患者の苦悩を聞き書きした石牟礼道子氏の『苦海浄土』を連想した。
      この本は、1991年のソ連崩壊によって自殺者が急増した事態を、自殺者の記録として描いている。14歳の少年から87歳の老人までの自殺を集めている。自殺未遂になったわずかな人々の聞き書きとともに、自殺した人の親、娘、同僚、友達などの貴重な証言を集めている。自殺で傷を負った人たちから、その自殺者の人生や原因を聞きだすことは容易なことではない。アレクシエーヴィチ氏が、人格的にいかに信頼されていたかがわかる。
      一編ごとに短編小説のように読めるが、全部読了すると、現代のロシア革命から生まれた社会主義国家がいかに崩壊し、資本主義市場経済という異質の社会に変わる変動の衝撃が、人々を追い込んでいった状況が浮かび上がってくる。その空白に、デュルケーム『自殺論』(中公文庫)で描いたアノミー状況が、人々を自殺に追い込んでいくことがわかる。
     平等社会の社会主義の理想や目標が喪失し、共産党官僚が失脚し、民族紛争やアフガン戦争の強者の論理が、いかに「過去」の理想・思想が喪失し、幻滅を呼び起こしたかがわかる。市場競争・資本主義社会への急激の変貌は、世代間の精神格差を断裂的に高め、倫理の分裂をもたらした。
   アレクシエーヴィチ氏は、理屈でなく犠牲になっていく人々によりそいながら、いかに自殺にまでいたるかを、聞き書きで炙り出している。ニュージャーナリズムの手法で、文学を書いたといえるだろう。松本氏の翻訳はやさしく読みやすい。(群像社、松本妙子訳)