フィル・クレイ『一時帰還』

フィル・クレイ『一時帰還』

イラク戦争を扱った戦争小説である。クレイ氏は、米海兵隊員として2007年からイラクに勤務し、その体験をもとに小説を書き、14年全米図書館賞を受賞した。ベトナム戦争のオブライエン『本当の戦争の話をしよう』(文春文庫)に比較される。
ベトナム戦争のゲリラ戦も農村の日常の住民の生活を破壊し、戦争と平時、兵士と民間人の区別をなくしたが、イラク戦争は都市において自爆攻撃、仕掛け自動車爆弾、都市銃撃戦、民間人ゲリラなど「戦争の日常化」が、米兵を苦しめる。米海兵隊委員の戦闘での死傷や、精神的病、自殺など「精神的死傷」も多い。
クレイ氏は、12の短編で、多様な視点で、米海兵隊員の在り方を小説化していく。「一時帰還」という短編は、イラクの残酷な戦闘から、アメリカに7ヶ月ぶりに帰国したが、市民社会の過剰な消費文化や無関心に「いごこちの悪さ」を感じ、ショッピングモールでも、イラクにいたようなゲリラに備え警戒態勢をとり、イラクに戻りたいと思う。
「遺体処理」でも、軍に志願した高校卒の兵士がイラクで破壊された遺体の安置処理にたずさわり、帰国し同窓生の会で話が合わなくなる。「アザルヤの祈り」では、卑劣なパフォーマンスでゲリラ兵をおびき出し、狙撃することへの嫌悪感と倫理的問題を扱う。キリスト教の従軍牧師が、いかに無力かが牧師の目で語られている。
普通のアメリカの若者がイラクの戦場に行き、残酷な日常の戦闘シーンを体験し、子供まで撃ち殺す。民間人も多く殺した記憶は、戦友たちの戦死や負傷の生々しい場面と共に、その精神的ストレスになって、いかに海兵隊員を苦しめるかをも描かれている。
21世紀の戦争が、愛国的大義や正義といかに離れ、個々人の「人殺し」に成り行くのかが、イラクやアフガン戦争にみられるのではないか。そこには、市民社会の無関心と人ごとのような反戦平和運動の姿も、「戦争の話」という短編で書き込まれている。安保法制の日本では、この戦争小説は、もっと読まれる必要がある。(岩波書店、上岡伸雄訳)