デュルケム『社会学的方法の基準』

デュルケム『社会学的方法の基準』

 社会学という学問は若い学問である。19世紀末から20世紀にかけて、ジンメル。マックス・ウェバー、そしてデュルケムが学問として形成しようと苦心している。だから三者とも「社会学とは何か」の方法論の古典的本を出している。それを読むと社会という複雑な組織と、多様な価値観をもつ世界を、いかに自然科学の実証的方法で捉えるかが課題になっている。ウェバーは「価値からの自由」の方法で「理想型」を設定し、社会を捉えようとした。(『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』岩波文庫)デュルケムは社会的事実を観察可能な「モノ」として客観的に考察しようとした。
 現代社会学の一部が、その社会に存在する学者の主観・価値を重視し、社会的事実を選択し分析する「構成社会学」に成ってきているのを考えると、隔世の感がする。岩波文庫解説で宮島喬氏が紹介しているジュール・モヌロ氏の「社会的事実は物ではない」で、社会現象を形成する、生ける諸個人の意図や願望や相互作用を重視する立場ではそうだろう。物理学者ハイゼンベルグの「不確定性原理」以前の時代である。
 デュルケムには、国家や民族でなく「社会の発見」があった。「ある種類の社会的事実を研究を企図するにあたっては、それらの個人的な諸表現とは別個のものとしてあらわれてくる側面から、これを考察するようにつとめる」といっている。だから哲学、心理学、経済学から独立した学として「社会学主義」を主張している。そのため、社会的「制度」は、個人意識には外在的であり、個人意識にたいして拘束力をもつという社会観がでてくる。
 デュルケムの『自殺論』(中公文庫)が、社会的統制が緩んだ「アノミー的自殺」を重視し、欲求に対する社会的ブレーキが効かない苦悩から説明するのにもその視点は表れている。社会学者・尾高邦雄氏が、自殺の個人的・心理的要因を閑却し、貧困、病苦、失業を拒み、またダルドのいう模倣や暗示の影響も無視したという批判をしている。(『世界の名著。デュルケム・ジンメル中央公論社
 だが、この本が社会学の確立に大きな影響を与えた古典であることには、間違いがない。‘(『社会学的方法の基準』、宮島喬訳、岩波文庫