ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか』

ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか』
  米国の道徳心理学者ハイト氏が、現代アメリカの政治・文化闘争などリベラルと保守の分断状況と対立を、いかに緩和するかを道徳面から分析した本である。アメリカ社会は、保守主義とリベラルが、政治的には共和党民主党の二極化で分裂状態が続いている。
  ハント氏によると、この二極化は政治家に限らず、テクノロジーと居住区の変化によって、有権者が民主か共和かを占める「圧勝郡」が50%近くになり、郡や市町村で投票、嗜好、職業、信仰が均質化しているためという。
  ハント氏は、社会心理学、進化学、人類学、哲学など幅広い視野と、数多くの社会調査・実験で新しい道徳心理学を構築しようとしている。ハント氏は、道徳は「まず直観、それから戦略的思考」という。道徳を合理的理性偏重でなく、直観や情動の重要性を説き、ヒュームがいう道徳秩序には外部からの評判などの抑制力が必要だという。
  さらに道徳はリベラルが説く様々な「危害」を、ケアにより安全に保障するためと、弱者支援などの「公正」だけでなく、社会学デュルケームがいうように、社会共同体のために保守主義が主張する「忠誠」「権威」「神聖」「自由」が道徳基盤として重要だと考える。
  リベラルは抑圧と排除の弱者(人種差別や性差別など)を支援するが、その熱意は「忠誠」「権威」「神聖」基盤を弱体化させ、集団、伝統、制度、道徳資本(社会の繋がりや協同、共生など)をも弱めると指摘する。ハント氏は道徳一元論を避け、価値多元主義で考え二極分裂を緩和しようとしている。
  ハント氏は、「道徳は人々を結びつけるとともに、盲目にする」という。つまり利己的な個人が、集団に帰属し他集団との競争で「集団選択」で適応進化するために協力関係の道徳を発明するから、自集団中心の郷党的なものに成り、他集団排除の盲目になるというのである。
  この本が9・11テロ以後のアメリカでベストセラーになったが、訳者の高橋洋氏によれば、道徳の理性的な思考能力の軽視と、保守主義者の「権威」重視は普遍的でなくキリスト教の神から両親まで自集団(アメリカ)が正しいという郷党的部族主義を称揚するという批判があったという。(紀伊國屋書店高橋洋訳)