武藤浩史『ビートルズは音楽を超える』

武藤浩史ビートルズは音楽を超える』

 英文学者が、イギリス文化史の土壌からとらえた面白いビートルズ論である。ビートルズをイギリス20世紀の階級横断的な大衆教養主義の新興メディアの影響から捉えようとしている。中産階級というよりは、日本でも一時期いわれた「中間層」としての「ミドルブラウ文化」という考え方を武藤氏はとる。いかにBBCラジオのお笑い番組「グーンショー」の影響が強かったかを分析している。その番組は、お笑いによる社会批判があった。ジョン・レノンはラディカル・ミドルブラウだという。キャロルの「不思議の国のアリス」や「鏡のアリス」と、絵本作家・ロナルド・サールの影響が濃いともいう。自己や世界の虚構性、愛と残酷の表裏一体、言語破壊のナンセンス、そして笑いと既成権威の批判。
 私が面白かったのは、笑うビートルズの喜劇精神がイギリス伝統の文化からとられていて、「笑い喋る即興的身体」を武藤氏が深く掘り下げている点だった。身体表現が、ばらばらだが、揃っている絶妙さ。プレスリーは腰を振るが、ビートルズは首を振るのは何故かがこの本でわかった。日本の「クレジーキャッツ」とは同時代人というのも納得がいく。武藤氏はビートルズの「つながる孤高」というキー概念で解いていく。「サージェント・ペパー・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を、その考え方で見るのは、面白いと思う。
 また開かれた心で見た感情・知覚・思考の流動性や、レノンとマッカートニーが早く母を亡くし、その喪失が「レットイットビー」「レディ・マドンナ」「ハーマジェスティ」にでているという見方もハッとして読んだ。1960年代のベトナム戦争とヒッピー文化、さらにジャズとロックの時代に「つながる孤高」と、アウトサイダーとしての超世俗性を持つビートルズの在り方の分析は、ビートルズ論として秀逸である。(平凡社新書