ジェイコブセン『ハチはなぜ大量死したのか』

ローワン・ジェイコブセン『ハチはなぜ大量死したのか』

 21世紀になってアメリカやヨーロッパの北半球で四分の一のハチが消えた。巣箱を開けても働きハチはいない。残されたのは女王蜂と蜂蜜だけ。この現象は「蜂群崩壊症候群」と名付けられた。ジェイコブセンの本は、何故そうした大量死が生まれたのかの犯人探しとして推理小説を読むようでスリルがある。そのためにハチという昆虫の生態や養蜂の歴史や、商業養蜂という大規模化などが解き明かされていく。生物としてのハチが、被子植物の花粉媒介者として、受粉にいかに欠かせないかが、明らかにされる。
 ハチなき世界は、花なき世界であり、受粉によって生まれるリンゴなどの果実や、アーモンドやバニラなき世界であり、人類に役立ってきた蜂蜜なき世界である。その生態学的相互連関をジェイコブセンは、明らかにしていく。蜂群崩壊症候群の世界は、人間の手で、梨などの受粉がなされる奇妙な倒錯した世界を、いまや作り出している。ハチの知性の凄さがわかる。
 さて犯人探しである。携帯電話の電磁波とか、遺伝子組み換え作物など諸説が検討される。もちろん細菌やウィルスも考えられる。ミツバチの天敵で体液を吸うというあるミツバチヘギイタダニというダニも有力だ。だがミツバチの死体もなく大量に蒸発するとなると、真犯人ともいえない。ノゼマ病という病原菌もある。だがジェイコブセンが力をいれて書いているのは夢の農薬といわれる昆虫の神経を麻痺させるネオニコチノイド系という農薬である。神経細胞同士の伝達を阻害し、方向感覚の喪失、記憶喪失、けいれん麻痺で最後に死を招く。ハチの集団的意思を狂わせてしまう。このくだりを読んでいると、カーソン『沈黙の春』を思い出してしまう。だが全滅した巣箱をみても、それだけが真犯人とも思えない。抗生物質や抗ダニ剤などの複合汚染が浮かび上がってくる。ジェイコブセンは、ミツバチの200万年の歴史で、これほどストレスが多く、環境が激変した時代はないという。アーモンド受粉のため、大量なミツバチの巣箱を長距離移動させ、ひとつの植物しか採餌させない自然に反する商業養蜂が、ハチのストレスを強める。
 この本では真犯人は特定できていない。複雑な多様な要因が蜂群崩壊症候群を作り出しいまもそれは解決していない。ハチなき花なき世界の恐怖を感じる。生態系が狂うとき全滅が近づく。(文春文庫、中里京子訳)